桐壷

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きりつぼ


画題

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解説

東洋画題綜覧

源氏物語の初めの帖の名、光源氏が生れてから十二歳までのことを記してゐる、源氏絵として多く画かれてゐること記すまでもない、巻の名は、左の一節に依る。

御局は桐壷なり、数多の御方々をすぎさせ給ひつゝ、隙なき御前わたりに、人の御心を尽し給ふも、実に道理と見えたり、参う上り給ふにも、あまりうちしきる折々は、内階、渡殿、此処彼処の道に怪しきわざをしつゝ、御送迎の人の、衣の裾堪へがたうまさなき事どもあり、又或時は、えさらぬ馬道の戸をさしこめ、此方彼方心を合せてはしたなめ煩はせ給ふ時も多かり、事に触れて数知らず苦しき事のみまされば、いといたう思ひ佗びたるを、いとゞ哀と御覧じて後涼殿に、もとより候ひ給ふ、更衣の曹子を外に移させ給ひて、うへ局にたまはすその恨ましてやらん方なし。

此の桐壷の更衣は光源氏の生母で、帝の寵もなみ/\でなかつたが、権門の出である弘徽殿の女御等に妬まれて、もの憂き月日を送る中、光源氏三歳の時に世を去る。

絵巻屏風等、巻を逐うて画いてあるものには必らず発端として先づ此の巻から初められる。代表的なものとして、尾張徳川家の絵詞を挙げることが出来る。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)