手習

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てならい


画題

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解説

画題辞典

一。子供の習字を手習という、習字する子供を手習子といふ、江戸時代に於て寺小屋に於て専ら習はしむ、踊にも手習子あり、手習双紙を持ちて踊るなり、或る一部に画題とせらる。二。手習、源氏物語の一巻にあり、小野の山里に八十ばかりなる尼あり、その兄の聖にて此山にありしを連れ立ちて長谷詣でせらる。此尼不思議の夢見て下向するに宇治平等院の後手の木の下に美しき女の綾の衣に紅の袴して立ずみ玉ふあり、是れ夢の告げとも伴うて行き聖に加持させ労はる、是の美女こそ宇治の浮舟なれ、浮舟あらぬ世に生れ出たる心地して、我身の故郷のことなどいうべきやうもなく、唯手習し硯に向ひ歌などよみてあかしくらし玉ふ。「身をなけし泪の川のはやき瀬に しからみかけて誰かとゞめん」など詠まる、都のこと思い暮らさる、後世の無常を感じ髪下ろして尼となるなり。源氏絵の一なり。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

源氏物語』五十四帖の一、この巻は薫大将二十六七歳のことを記してゐる、その頃横川に某僧都といふ八十余りの母、五十路ばかりの妹があり、ふるき願あつて長谷に詣で、不思議の夢を見て、それから宇治の平等院で美しい女を救ふ、それは浮舟であつた、浮舟は此の妹の尼の介添で尼となる。手習の題名は浮舟尼となつてある一日

尼君ぞ月などあかき夜は、琴など弾き給ふ、少将の尼君などいふ人は、琵琶弾きなどしつゝ遊ぶ、かゝるわざはし給ふや、徒然なるになどいふ、昔もあやしかりける身にて心のどかに、さやうの事すべき程もなかりしかば、聊をかしきさまならずも、おひ出でにけるかなと、かくさだ過ぎにける人の心をやるめるをり/\につけては思ひ出づ猶あさましくものはかなかりけると、我ながら口惜しければ、手習ひに

身をなげし涙の河のはやき瀬をしがらみかけてたれかとゞめし

と読み、これから手習の君と呼ぶやうになつたので、此名がある。

源氏絵としても面白い場面である。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)