恵心僧都

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えしんそうず


画題

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解説

東洋画題綜覧

恵心僧都、名は源信、姓は卜部氏、父は正親、母は清氏、大和国葛城郡の人、叡山に登り慈慧大師に事へ顕密の教を究め、五性法師四種三昧薫練せざるなし、壮歳を過ぎ栄名を忌み横川に屏居し、専ら著述に従事す、一乗要訣往生要集、阿弥陀経疏、大乗対、倶舎抄、因明相違註釈等あつて行はる、天台の教法此の時を盛とす、時の人々呼ぶに恵心僧都を以てした、源信、台宗二十七疑を作り宋国南湖知礼法師に問ふ、礼嗟嘆して曰く、東域に深解の人あるかと、乃ち答釈を造りて之を返す、風舶来往音問相継ぐ、毎に弥陀末迎の図を作り、又弥陀の像を彫刻す、其遺跡諸国に散在し、衆庶之を尊信す、又始めて地獄変相の図を画くといふ、寛仁元年六月十日遷化す、寿七十六。  (元亨釈書)

恵心僧都を画いた作

吉村忠夫筆  『横川の僧都』  昭和十四年文展出品

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)