張道陵

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総合

【出典】

王世貞『有象列仙全傳』

近世視覚文化を読み解くちょうどうりょう


画題

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解説

画題辞典

張道陵は後漢の人なり、字は輔漢、身長九尺二寸、眉濃く額廣く、頭頂朱にして瞳は緑、鼻隆く目三角形をなし伏犀頭頂を貫き、手は之を垂るれば膝に及ぶ、光武帝の建武十年生る、七歳にして道徳に通し、世に賢良方正の称あり、然れどもその志道徳にあらず、好んで仙となり蜀の鶴鳴山に隠る。

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

張道陵は支那の仙人で、漢光武帝の建武十年天目山に生れた、その生誕の時既にさまざまの奇瑞があり、その百二十三歳までの間、波瀾重畳の生涯を経て昇天するのであるが、或時は房陵の白虎を滅し、或る時は梓州の大蛇を退治し、更に青城山の八大魔王と戦つて之を破るなど千変万化の伝記が『列仙伝』第三巻に載せられてゐるが、原文極めて長文なので、林羅山の『後素説』の抄録を引く。

張道陵、字輔、漢子房八世孫、漢光武建武十年生於天目山、七歳通道徳経云々、隠北邙山、白虎含符文置坐傍、和帝徴之不就、遂隠蜀鶴鳴山、山有石鶴、道陵居此鶴乃鳴、弟子王長相与煉竜虎丹、又与長入北嵩山、得三皇内文黄帝丹経、滅房陵白虎禁梓州大蛇、順帝壬午歳正月十五夜、在鶴鳴山、太上老君降授秘符籙丹記並剣等、云々、往青城山、衆来害真人、真人悉擯之誅之云々、群鬼滅影而遁、真人至蒼渓県雲台山謂長曰、此山乃吾成功飛騰之地也、遂ト居云々、又遷鶴鳴山一日遊閬苑太上元始天尊命道陵、為人間天師、勅還人間乃還陽平山、仍還鶴鳴山、桓帝永寿元年正月七日老君駕竜輿命真人、乗白鶴同往成都、九月九日上帝遺使授真人正一真人之号、真人乃以秘籙斬邪剣玉冊印授其子衡、且謂王長昇曰、尚有余丹二人可分餌之、其日与夫人雍氏、白日昇天、年百二十三歳也、其子孫世襲真人居於江西広信府貴県之竜虎山。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)