岩井半四郎

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いわいはんしろう


総合


歌舞伎

定紋丸に三つ扇。屋号大和屋(四世以後)現在まで十世。最も名高いのは四世と五世。 初世は元禄期に大阪で座元をかねた俳優で、二世、三世も同様であったが、四世から江戸に名跡が移って、女形の名門となる。

四世

延享四-寛政十二(1747-1800) 江戸の人形遣い辰松重三郎の子。四世市川団十郎の門弟で、前名松本七蔵。 俗にお多福半四郎と呼ばれ、愛嬌のあった寛政期の名女形。四世松本幸四郎の相手役で、世話物に本領を発揮し、三日月お仙は代表的至芸。

五世

安永五-弘化四(1776-1847) 四世の子。前名粂二郎。のち杜若。 俗に大太夫または杜若半四郎と呼ばれる。天性の美貌で眼に魅力があり、「眼千両」と称された。生世話物が得意で、悪婆がよかった。舞踊にもすぐれた。

十世

花柳寿太郎の長男。昭和二年生れ。市川猿之助の門に入り、昭和二十六年十世襲名。 女形または立役として活躍、舞踊も得意で期待された。東宝歌舞伎に移り、話題に上った。