四天王寺

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してんのうじ


画題

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解説

東洋画題綜覧

我国最初の寺、荒陵山と号し、敬田院と称ふ、又難波寺、金光明四天王大護国寺又略して天王寺ともいふ、摂津国大阪市荒陵の丘上にある、用明天皇の二年同国玉造の岸上に創立し、推古天皇の元年今の地に遷した、初め用明天皇の朝、皇太子厩戸皇子等が物部守屋を討つ時、秦川勝をして白膠木を以て四天王の像を刻せしめ、これを頂髪に置き、もし戦勝たば四天王の為めに寺塔を建立すべきを誓ふ、戦捷つて物部氏は亡びたので此寺を建立し、物部氏の荘園を没収して寺領とし生擒の男女二百七十余人を寺の奴婢として使役し施薬院、施療院、悲田院、敬田院を建て、天下の名刹と仰がれたが、其後幾度か兵火の難や天災のため烏有となり、それが再三建造されて今日に至つたものである。

大和名所図会其他にこれを画くもの多く、その堂宇や縁起を曼荼羅風に描いたものに生田花朝筆『四天王寺曼荼羅』(第八回帝展出品)がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)