敵討揃達者(文政元年7月17日 中村座)あらすじ


※本作は台帳が現存せず、役者評判記による狂言内容の情報もきわめて乏しい。
 そこで本稿では、同じ世界を扱う義太夫「彦山権現誓助劔」(天明6年)と、先行する歌舞伎「敵討相合袴」(文化7年5月中村座)を参考に、役者絵、番付類から想定されうる物語を、仮定してみた。
発端 郡の館に逆心の種嶋
 郡家の剣術指南、吉岡一味斎(中村芝翫)の次女お菊(瀬川菊之丞)と、絹川弥三左衛門の息弥三郎(市川団十郎)は人目を忍ぶ恋仲【G2-1】。同じく剣術指南役の京極内匠(松本幸四郎)の側近、門脇義平(松本小次郎)が、城中でお菊から弥三郎への艶書を拾い、両人の不義を咎める。娘の不義を知った父一味斎は激昂するが、内匠が宥めてその場を収める【G2-2】。
 しかし、京極内匠は、実は極悪人で、一味斎に代わる剣術指南筆頭を望み、お菊にも横恋慕している。主人の帰りを案じた絹川の奴佐五平(坂東三津五郎)と吉岡の奴友平(中村伝九郎)が、提灯をさげて迎えに出た夜の暗闇に紛れて、内匠は一味斎の駕籠を松の木の上から種ケ島で狙撃、一味斎を仕留める【G2-3】。
<注> G2-2では、激昂する京極内匠を吉岡一味斎が押さえており、絵本番付とは構図が逆になっている。これは、上演前の予定稿として「敵討相合袴」に拠って描かれたものであろう。
 G2-3も同様の予定稿と思われ、「敵討相合袴」に星を占った一味斎が凶相を察知して難を逃れる場面があるが、「敵討揃達者」の絵本番付には見出せない。関三十郎の役名が「あしがる」とのみあるのも、情報の不確定を推測させるのではないだろうか。

二幕目 吉岡邸に反簡の免状
 あるじを失った吉岡の屋敷に、京極内匠(松本幸四郎)が、側近の春風東蔵(大谷馬十)と門脇義平(松本小次郎)を伴って訪れる。内匠は、お菊(瀬川菊之丞)を妻として所望、さらに自分が吉岡の跡目を継ぐ証として免許皆伝の印可の巻物を与えるよう、色と欲との二筋道の難題をつきつける。
 一味斎未亡人おつぎ(市山七蔵)とお菊は当惑。そこへ奥から、お菊の姉おその(岩井半四郎)が声をかけ、自分と立ち合って勝てば、願いを聞き届けようと内匠に申し出る。おそのは、内匠との木剣試合にみごと勝利をおさめ、内匠は這々の体で立ち帰る。
お菊は安堵するが、弥三郎(市川団十郎)と共に不義の咎で勘当、追放されることとなる。内匠に内通する奴八内(浅尾友蔵)が箒で叩き出そうとするのを、奴友平(中村伝九郎)や腰元おびく(総領甚六)らが押しとどめ、供をして立ち退いてゆく。

三幕目  山中駅に供鎗の進物
 絹川の奴佐五平(坂東三津五郎)は、山中の宿で部屋を取り違えて主人の槍を置き忘れてしまう。取りに戻ったところで、部屋にいた渡辺勘解由(市川友蔵)、辻新右衛門(坂東三津右衛門)、丸沢軍次(中村千代飛助)らと口論となり、ついに佐五平は相手方を撫で切りにして、申し訳に切腹、事情を聞いた主人の絹川弥三左衛門(中村芝翫)が介錯をする。
 弥三左衛門は、吉岡の後室おつぎ(市山七蔵)とおその(岩井半四郎)に、京極内匠が逐電したことを告げ、郡元春(坂東簑助)と共に、敵討の門出を祝す【G2-4】。
   <注> この幕の筋書きは一部を、渥美清太郎「系統別歌舞伎戯曲解題」によった。

四幕目  真葛原に誓紙の詠草
 勘当された弥三郎(市川団十郎)とお菊(瀬川菊之丞)は、以前に産み落とした弥三松を育てつつ、寺子屋を開いている。奴友平(中村伝九郎)が草鞋作りの内職、腰元おびく(総領甚六)や毛谷村六助の妹おぬい(松本よね三)らが水仕事の手助けをして賑わしい。
そこへ、行方の知れなかった京極内匠(松本幸四郎)が躄車に乗って通りかかる【G2-P1】。内匠は、弱々しい声で哀れな懺悔話。医師岩倉宗順(市川宗三郎)の診察では不治の足萎えとのこと、弥三郎とお菊は白昼に町中で討つこともならず、夜を待ち受けることとする。
   <注> G2-P1は、3枚続の左端と想われる。二幕目の可能性もあるが、背景の垣根の様子から、世話場であ     ろうかと推定し、仮にここに置く。未見の2枚は、弥三郎と躄車に乗った内匠となろう。

四幕目返し  高瀬堤に返討の躄車
 六助の妹おぬい(松本よね三)と、杣斧右衛門(関三十郎)は、内匠と共に逐電した春風東蔵(大谷馬十)が盗み出した群家の重宝、蛙丸の名剣を探し求めている。
 一方、弥三郎(市川団十郎)とお菊(瀬川菊之丞)は、高瀬堤に内匠(松本幸四郎)の小屋を探す。ところが、内匠の足萎えとは真っ赤な嘘で、二人をおびき寄せる罠であった。弥三郎とお菊は、無惨にも返り討ちにされてしまう【G2-5】。その上、蛙丸の名剣も内匠の手に奪われ、鞘走れば蛙の大群を集めるという奇瑞を目のあたりにする。

五幕目  杉坂峠に塔婆の立合
 蛙丸の名剣を探し求める毛谷村六助(中村芝翫)は、杉坂の神前で、虚無僧姿のおその(岩井半四郎)と行き会う【G2-6】【G2-P2】。錦の袋に入ったおそのの腰刀に目をつけた六助は、おそのと立ち回りになる。
 弥三松を救い出した奴友平(中村伝九郎)は、内匠方の奴むき平に襲われるが、弥三松は六助に救われる。
 六助は、微塵弾正(松本幸四郎)と名乗る浪人から、老母(中山常次郎)のために領国立花家に仕官したいからと懇願されて、江崎丹三郎(中村七三郎)と大坪軍八(中村千代飛助)立ち合いの木剣試合で、弾正に勝ちを譲る。

六幕目  垣生軒に印可の結納
 毛谷村六助(中村芝翫)の家では、母の忌日の勤行に僧覚念(中村芝六)が来ている。そこへ巡礼姿の老女(市山七蔵)が訪れ、六助の母になろうと言い出す。
 さらに、昨日の虚無僧、おその(岩井半四郎)が弥三松の着物を目当てに来かかり、六助と立ち回りとなる【G2-7】が、互いに名乗りあうと吉岡一味斎の定めおいた許嫁の間柄とわかる。奥の間の老女も吉岡の後室と名乗り、二人に夫婦固めの盃をさせる。
 そこへ、杣斧右衛門・杣蔵(関松三郎)の老母の死骸が庄屋ぬけ作(坂東大吉)らによって運び込まれる。これが弾正の母と称していた老女と知った六助は、弾正の偽りを悟って激怒する【G2-P3】。おつぎとおそのは、弾正こそ目指す敵内匠に違いないと勇み立つ。折から、斧右衛門(関三十郎)の注進【G2-8】によって、郡家の重宝蛙丸の名剣も内匠が物臭いと知った六助は、立花家の家臣轟伝五右衛門(坂東三津五郎)の手引きによって、城内へ出立することとし、物陰に潜んでいた内匠方の奴八内(浅尾友蔵)を門出の血祭りにあげる。

七幕目  小倉城に智略の難病
 六助(中村芝翫)は、小倉城の立花左近之進(市川茂々太郎)に召し抱えられた微塵弾正(松本幸四郎)に再試合を申し込む。しかし、真剣をみると体が震えるという六助の奇病を聞いた弾正と大坪軍八(中村千代飛助)は、六助を散々になぶる。ついに、弾正が自分の佩刀を抜いて突きつけると、忽ち周囲に蛙の大群が群がる【G2-9】。
 六助は、弾正の所持する刀こそ蛙丸の名剣であることを暴くために、奇病と偽っていたことを明かし、おその(岩井半四郎)、斧右衛門(関三十郎)と共に、弾正に本名を名乗れと詰め寄る。弾正は京極内匠と見顕され、轟伝五右衛門(坂東三津五郎)立ち合いのもとに、おそのと内匠の真剣の勝負が行われることとなる。

大切   彦山麓に擁護の讐討
 轟伝五右衛門(坂東三津五郎)と足軽博多駒平(市川高麗蔵)が立ち合う竹矢来の中で、京極内匠(松本幸四郎)とおその(岩井半四郎)が対決する【G2-10】。おその方には、毛谷村六助(中村芝翫)、母おつぎ(市山七蔵)、弥三郎とお菊の遺児弥三松、斧右衛門(関三十郎)、杣の徳助(市川の助)が見守る。
おそのは見事に内匠を討ち取り、本懐を遂げる。


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