役者絵と落款の意義

 絵師の落款は、年代とともにその特徴が変化推移する。役者絵版画は、その画の上演年月(=制作年月)が特定できるため、年代順に並べることが可能となる。そして、それによって、年代ごとのその絵師の落款の特徴が明瞭となる。この落款の特徴を利用することによって、考証不可能と思われるような絵でも、年代考証が可能となる場合がある。
 例えば、繰り返し上演される演目では、同じ役者の同じ役割の絵が、複数存在することがあり、制作年代の決定が困難となる。こうした場合、落款の特徴によって、どちらの上演時の絵であるかが弁別できることになる。
 また、過去に上演された演目を描いたり、未上演の演目(上演予定、また架空の夢の上演)を描いたりする役者絵も考証が困難である。それは、画面に描かれた内容と制作年に隔たりが生じるためで、この場合も、落款の特徴を見ることによって、制作年を推定することが可能となる。
 さらに、或る演目が再演されたとき、以前の版木を流用して、似顔の部分だけを彫り代える例がよくある。この場合、落款は以前のままなので、画面上の配役による年代推定と、落款による年代推定に齟齬が生じることになる。この齟齬の把握によって、版木の流用という事実が明らかになったりもする。
 さらに、こうした落款の特徴を利用して、同じ絵師の美人画や風景画の制作年の推定、また真贋の弁別等への応用も可能となる。このように、落款は、浮世絵版画研究の基礎的な部分を担うものであり、その根本資料として活用できるのは役者絵版画だけである。従って、役者絵版画は、演劇資料であるとともにまた、浮世絵資料としてもきわめて大切なものなのである。


白枠内が初代豊国落款の一例
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