阿国御前化粧鏡(文化6年6月11日 森田座)あらすじ


発端   誓ひにかたき鐵鉢の雲龍

 幼子の豊若丸を遺して夫婦ともに亡くなった佐々木家の館では幼君の初宮詣でを祝っている。祝いに来た駿河国前司久国(松本小次郎)に、家臣小栗宗丹(市川宗三郎)は幼君の家相続の許可が出る取りなしを頼むが、久国は取り合わない。実は宗丹は久国と心を合わせてお家乗っ取りを企んでいた。その野望を果たすために主人夫婦に呪いをかけ、二人を殺していたのである。佐々木家の忠臣狩野元信(花井才三郎)は彼に思いを寄せる御台所の妹銀杏の前(岩井梅蔵)との婚姻を承知するが、宗丹らの陰謀によって家宝である日月の印紛失の咎めを負って切腹させられることになる。が、いざ切腹という時になって、下女に身をやつしていた細川勝元の妻遠山(小佐川七蔵)が宗丹の計略を暴露し、その正体を赤松満祐の遺臣石見太郎左衛門景澄と見破る。宗丹は元信の手にかかって果てる。元信は銀杏の前と共に佐々木の若君豊若を守護し、落ちのびる。
 一方、伊吹山山中で武者修行中の天竺徳兵衛(尾上栄三郎)は、竹杖外道(尾上松助)と名乗る人物から、自分が赤松満祐の遺児正則であると告げられる。足利家転覆を決意した徳兵衛は外道から蝦蟇の妖術を授けられ、また足利の重宝波頭の鏡を渡される。

二幕目  気に癖つけて黒髪の蛇

 佐々木家の後室、阿国御前(尾上松助)は土佐元信を寵愛していたが、元信に去られて家臣世継瀬平(坂東彦左衛門)の家に閑居し、病の床に臥せっている。そこへ宗丹の家臣犬上団八(坂東善次)が、佐々木家の腰元夏草から奪った、元信から名古屋山三宛の密書を持って訪ねてくる。密書の内容から、元信が阿国の持っていた佐々木家の系図を奪う目的で近づいたこと、また元信と銀杏の前が共に若君を守っていることを知る。逆上した阿国御前が髪を梳くと、抜け落ちる髪が山をなし、密書とともに髪をねじ切ると生血が滴り落ちる中で、阿国御前は血まぶれとなって悶死する。

三幕目  胸もひらけし牡丹灯籠

 豊若を連れて落ちのびる元信、銀杏の前は元興寺にさしかかるが、馬子たちに絡まれていざこざを起こす。その時に懐中にあった系図が落ち、身分が明らかになってしまう。馬子は追い払ったものの、討手が来るに違いないと、元信は地蔵堂に吊してあった牡丹の灯籠の中に系図を隠す。山名の家臣茨木逸当(尾上斧蔵)が詮議に駆けつけるものの、証拠の系図は見つからず、一行は難を逃れる。そこへ牡丹灯籠の持ち主の下女と名乗る女が現れ、持ち主のもとへ灯籠を持ち帰ると告げる。事情を話す訳にいかない元信は、宿を無心。下女は持ち主の御殿へ元信らを案内する。

四幕目

 御殿の主は阿国御前であった。元信の顔を見た阿国はこれまでの恨みを述べ立て、系図と若君をたてにとって、抱かれて寝るかと迫る。元信は詮方なく、銀杏の前を離縁すると宣言する。銀杏の前は御殿を立ち退き、死ぬ覚悟を決めるが、そこへ元信の下部土佐又平(尾上栄三郎)が通りかかる。阿国御前は死んだはずといぶかる又平は、館の中へ乗り込む【E1-1】。
 阿国御前の調べる琴の音に誘われてうたた寝をしていた元信が起きると【E1-2】、そこへ又平がやってくる。又平は阿国が既に世を去っていると告げ、袱紗包みを取り出して尊像を突きつける。と途端に今まで御殿と見えていた建物は古寺と変わり、腰元たちは壊れた仏像などに姿を変え、元信が持っていた阿国詠歌の短冊は紙位牌であったと知れる。牡丹灯籠も壊れて古い仏前の灯籠と変わり、中から系図が出てくる。正体を見顕わされた阿国の亡霊は又平に尊像で打たれ、消え失せる【E1-3】。後には髑髏が残っていた。

五幕目  問ふにこたへも谺の木琴

 名古屋山三の館を訪れた久国が山三の弟小山三(森田勘弥)の帰りを待ち受けていると、座頭徳市(尾上栄三郎)と名乗る男(実は南朝方の遺臣岩倉の夜叉丸)が願いごとがあると訪ねてくる。彼が木琴を得意にすると聞いた久国は喜び、慰みに唄に合わせて徳市に木琴を演奏させる【E1-4】。その祝儀にと久国は阿国御前の遺髪を徳市に与えるが、髪は蛇に変化して周囲を這い回る。
 室町の御所から帰った小山三に対して、久国は、匿っているはずの元信を出せと迫る。小山三と山三の妻葛城(小佐川七蔵)が対処を考える一方、徳市は正体をあらわして名古屋家に伝わる飛龍丸の短刀を探そうと奥へ忍び込む。これを久国、小山三らに見付けられるが、外道から教わった妖術を駆使して姿を隠す。折から、室町御所からの上使が告げられる。
 上使の不破伴左衛門実は天竺徳兵衛(尾上栄三郎)は、足利尚義公の祝い事のために飛龍丸を献上せよと小山三らに告げる。夜叉丸(尾上栄三郎)は蛙に姿を変えて団八が持っていた日の印を盗み取り、天竺徳兵衛へ渡す。喜ぶ徳兵衛であったが、葛城は色仕掛けで迫り、心中立てと見せて自分の小指を切り、血を飛龍丸の上へ注ぐ。と、徳兵衛の妖術が破れてしまう。巳の年月が揃った生まれである葛城の血の為であった。見顕わされた徳兵衛は日の印を小山三に渡して自害するが、先に手に入れていた足利の重宝、波頭の名鏡を池へ放り込む。途端に名鏡の力で池の水が吹き上がる。夜叉丸は蛙の術を使って逃げおおせる【E1-5】。

二番目序幕 思ひに引るゝ掌形楓衣

 土佐又平は木津川与右衛門と名乗り、豊松丸を匿い育て、また佐々木の重宝月の印と主君元信の描いた鯉魚の一軸を探している。一方元信の妹小三(小佐川七蔵)は芸者となり累井筒屋の抱えとなっており、箱廻しの金五郎(森田勘弥)と相愛の中。与右衛門は鯉魚の一軸を買うために羽生村の助四郎(市川宗三郎)から十両の借金をする。しかし与右衛門の妻累(尾上栄三郎)を自分のものにしたい助四郎は一軸を火吹き竹にすり替え、更に累の母である累井筒屋の女主人妙林(松本小次郎)に二百両で累を我が妻にする相談を持ちかける。累も夫のために二百両で身を売る決心をするが、その時、妙林の家にあった阿国御前の髑髏が累の顔に飛び付き、離れなくなる。同時に助四郎の出した小判も繋がって蛇のようにのたうち回る。ようよう髑髏は取れたものの、阿国御前の祟りで累の面相は醜く変わる。
 祟りで異様に嫉妬深くなった累は小三と与右衛門の仲を疑い、木津川の堤で小三を捕らえて乱暴を働き、殺そうとまでする。駆けつけた与右衛門は鎌で累を殺し【E1-6】、死骸を川へながす。そこへ来合わせた金五郎の恋敵山住伊平太(坂東善次)との諍いになり、はずみで伊平太は若君豊松丸の入った箱を川へ流してしまう。そこへ累の亡霊が出現し、これを助ける【E1-7】。

二番目二幕目 灯鵺子鳥

 累が殺されたとの話を聞きつけた役人の茨木逸当と、小三を探す女衒の権九郎(松本富蔵)が与右衛門の家へ訪ねて来る。与右衛門は何とかその場を凌ぐが、入れ替わりに一軸を取り戻しに質屋の番頭利兵衛(銀平)と助四郎が訪ねてくる。一軸とすり替えられた火吹き竹と、九十両に書き変えられた借金証文とを突き付けられ、苦慮する与右衛門。そこへ豊松丸を預けておいた見世物師の藤六(坂東彦左衛門)とその女房がやってくる。女房から幼子が行方知れずになったと知らされ、途方に暮れる与右衛門であったが、藤六の方は、落ちていた簪から金五郎と駆け落ちした小三がいると勘づき、奥へ踏み込もうとする。しかし、奥から与右衛門の伯父、土佐又平(尾上松助)が現れ、藤六を突き出す。
 又平は与右衛門に向かい、この不祥事の始末として、これまで交換していた二人の名前を元に戻し、伯父甥の縁を切ると宣言する。そして、助四郎、藤六には与右衛門の不始末は自分が引き受けると告げる。実は、又平は累殺しの証拠となる与右衛門の片袖を手に入れており、甥に代わって自分が罪を引き受けるつもりなのであった。
 一方小三は累の亡霊に導かれ、豊松丸と佐々木家の重宝月の印を手に入れる。累は阿国御前の執念によって与右衛門と小三を恨んだが、今は疑いは晴れたと告げ、鯉魚の一軸を助四郎が持っていることを教え、姿を消す。

二番目大切  名画活鯉

 与右衛門を殺そうとする助四郎一味と、一軸を取り戻そうとする与右衛門、金五郎らは木津川口で出会い、立ち回りとなる。そのはずみに一軸が川へ落ちる途端に絵から鯉が抜け出て泳ぎ回る。与右衛門、金五郎は悪人たちを倒し、鯉も軸へ納まり、大団円【E1-8】。


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