絵本合法衢(文化7年5月5日 市村座)あらすじ


発端 
 多賀家当主の弟佐枝大学之助は、お家横領を企み、配下の浪人関口多九郎(坂東鶴十郎)に家の重宝霊亀の香炉を盗み出させる。
 多賀明神鳥居前の茶屋に通りかかった道具屋与兵衛(尾上松助)と女房お亀(市川団之助)が駕籠かきに法外な賃金を請求され、困惑しているところへ、問屋人足の孫七(坂東三津五郎)が来合わせ、二人を助ける。孫七は元は多賀の家臣高橋瀬左衛門の家来で、また与兵衛は瀬左衛門の弟と知れ、三人は出会いを喜び合う【F1-1】。そこへ領主佐枝大学之助(松本幸四郎)が家来、妾とともに通りかかる。お亀の美貌に目を留めた大学之助は妾に差し出せと迫り、無理にも連れていこうとする。ここへ行き会わせたのが多賀本家の家臣高橋瀬左衛門。瀬左衛門は多賀の名に傷が付くと大学之助を諫め、お亀を救う。大学之助一行が通り過ぎた後、瀬左衛門は与兵衛に向かい、大学之助の弟弥十郎が預かっていた霊亀の香炉が盗まれたので、道具屋であることを幸いに品の詮議をしてくれないかと頼み、香炉の絵図を渡す。一方家に帰った孫七は、飛脚与五七(松本小次郎)ともめごとを起こし、一両の金が必要になる。孫八女房のお米(岩井半四郎)は、その金を工面しようと大学之助家臣の奴八内から金を盗み、騒動になる。高橋瀬左衛門、佐枝大学之助立ち会いで詮議になるが、八内が所持していた金が多賀家から盗まれた刻印金であることが分かる。瀬左衛門は大学之助がその金を盗んだと勘づくが、大学之助は家臣の軍蔵(坂東善次)を切り殺し、口封じする。

二幕目
 多賀領の高橋瀬左衛門の支配地で田植えが行われていところへ大学之助が鷹狩りに来る。ところが田植え娘と家来のやりとりが元で、お家横領の仲間、笹山官兵衛から来た密書が鷹狩りの鷹と一緒に松の大木に絡みついてしまう。腹を立てた大学之助は松を切り倒すように命じるが、居合わせた小嶋林平(市川団十郎)はこれを諫める。手討ちにすると思いの外、大学之助は林平を近習に取り立てる。これは常々の乱暴を近国に広め、押し込めに持ち込もうとする家来の策略を察しての措置であった。そこへ鷹の死骸を百姓佐五右衛門の子里松が持って出てくるが、これを見た大学之助は里松を手討ちにする。
 高橋瀬左衛門は多賀の重宝菅家の一軸を陣屋に持参し、旧知の林平との再会を喜ぶ。そこへやってきた大学之助は里松の一件を話し、親佐五右衛門までも手討ちにすると言いつのる【F1-2】。重なる悪行に堪忍袋の緒を切った瀬左衛門は、先祖の意見だと言って一軸で大学之助を打ち据え、諫言する。一端はこれに従ったかに見えた大学之助であったが、瀬左衛門へ槍を突きかけだまし討ちにし、さらに一軸を家来玄蕃(市川宗三郎)に持たせる。これを知った林平は切腹し、瀬左衛門殺しの罪を着る。瀬左衛門の弟弥十郎(坂東三津五郎)は林平の死に納得できないながらも、手出し出来ずその場は別れる。

三幕目
 大学之助と一味する笹川官兵衛(沢村四郎五郎)は、弥十郎に嫁いでいる妹皐月(岩井半四郎)を離縁させようと偽の離縁願いを書き、皐月を縛める。弥十郎は邸内の流れに乗って来た文箱【F1-3】に入った離縁願いを見て立腹するが、文体と筆跡から官兵衛の仕業と気づき当惑する。
 多賀本家の俊行(助高屋高助)は、皐月に恋慕したと言い、側室にせよと弥十郎に命じる。弥十郎は杜若の葉を池に浮かべて妻を説得する【F1-4】。皐月は涙に汚れた顔を直し、夫に付き従う【F1-5】。満悦の体で俊行は官兵衛に何でも望みを叶えると約束し、官兵衛は多賀家の家督相続を希望する。これを許したかに見えた俊行だが、今度は家督相続すれば重宝紛失の件で当主は切腹と弥十郎と共に官兵衛を脅し、大学之助の悪事を白状させる。何もかも知っていた俊行の計略であった。俊行は大学之助に付く玄蕃とその妹あざみを切り、表向きには弥十郎夫婦を手討ちにしたように見せかけて二人を逃がす。弥十郎は合法という法名を名乗り、仏道修行の形で敵討ちの旅に出る。
   <注> F1-3は、絵本番付および台帳には登場しない尾上松助も描かれており、上演前の予定稿と思われる。
四幕目
 多九郎が多賀から盗み出した香炉は、道具屋与兵衛の手に渡る手筈で、番頭伝三(嵐新平)を介して手付け金までうってある。伝三は道具屋の乗っ取りを企んでおり、徒士奉公上がりの立場の太平次(松本幸四郎)、蛇使いのうんざりお松(尾上松助)とともに悪事の計画を練る【F1-6】。またお亀に横恋慕する多九郎はお松から毒蛇の血をもらい、酒に仕込んで与兵衛を殺そうと企む。

五幕目
 商用で大坂に出かけている与兵衛の留守、道具屋の店先にうんざりお松が現れる。お松は道具屋の後家おりよ(尾上松緑)、お亀、伝三、下女おみよらの前で自分はお亀だと名乗り、以前手に入れていたお亀宛ての起請文を取り出して強請りにかかる。一味している伝三は、そのかたにと霊亀の香炉を渡そうとする。ところが、ここに居合わせた近江の百姓佐五右衛門(沢村四郎五郎)はこれを留める。起請を取り出すとき一緒に落ちた臍の緒書きを見ていたのである。臍の緒書きには、お松が江州の百姓の娘で、佐五右衛門の後妻の姉であることが記されており、佐五右衛門はお松が身持ちの悪さから勘当されたことまでもすっかり話す。あわや表沙汰にもなろうとするが、始終を見ていた太平次が間に入ってその場は納めた。
 道具屋から帰ろうとする二人だが、向こうから与兵衛(尾上松助)がやってくるのを見た太平次はお松を隠し、与兵衛に話しかける。太平次は、自分の顔が大学之助に似ているので(幸四郎の二役)、仇討ちが気になって、わざと勘当されようと放蕩してみせているのだと急所を付くが、与兵衛は取り合わない。しかし与兵衛の本心を知るおりよは親不孝を働いたとお亀、与兵衛を勘当し、与兵衛の目利きで買った品だからと、香炉を与兵衛に渡してやる。と、後ろに回った伝三が突然お亀を浚って行き、与兵衛もその後を追って行く。このどさくさで太平次が与兵衛に飲ませようとしていた毒酒がおりよにかかり、おりよは血を吐いて悶死する。太平次はその懐にあった五十両を奪い、戸棚から出てきたお松とともに帰途につく【F1-7】。その途中【F1-8】、血で汚れた手を洗うのだと太平次はお松に井戸水を汲ませる。一杯目の水で手を洗った太平次【F1-9】は、二杯目の水を汲もうとするお松の後ろに回り、釣瓶の縄でお松を絞め殺す。

六幕目
 お亀・与兵衛の二人は倉狩峠にさしかかったが、与兵衛は持病の癪を起こして苦しむ。ここへ所の雲助達が賞金目当てに襲いかかるが、香炉の功徳か、突然の落雷のおかげで二人は助かる。二人は太平次の家へ身を寄せるが、太平次の家には高橋家の元奉公人孫七こと与五郎の妻およねも身を寄せていた。
 逼塞の身になりながらも、なおお亀に執念を燃やす大学之助はその行方を家臣に探らせていた。与兵衛の病気を直すためにと、太平次はお亀に大学之助への妾奉公を勧め、お亀は敵の屋敷を探る目的もあってこれを承ける。その上で太平次は雲助達を呼んで与兵衛を襲わせ、これを助けるとみせかけて鉈を投げつけ与兵衛の足に深傷を負わせる【F1-10】。更に与五郎を誘き出して殺そうと企む太平次であったが、その女房おみち(小佐川七蔵)は与五郎を逃がす。
 一方太平次の留守中に家を訪れた孫七こと与五郎は、二階で縛られていた女房お米を見つけだす。太平次の企みを聞いた与五郎は家を出ようとしたが折から帰ってきた太平次に見破られる。大学之助に味方すると言い放った太平次は、一味の雲助達と共に二人に切ってかかる。立ち回りの末、二人は太平次に惨殺される【F1-11】。夏の明け方、鶏の声が聞こえる時刻のことであった。

七幕目
 安井福屋の仲居、お縫(沢村田之助)は孫七の妹。工面した敵討ちの資金を兄に渡そうとしていたのだが、その兄は近くの倉狩峠で殺されたと知らされる。その晩安井福屋に泊まったのが立場の太平次であった。太平次はいずれ武士に取り立てられるから、江戸へ行って夫婦になろうとお縫を口説くが、その際大学之助からの墨付きを見せる。そこには孫七夫婦を殺せば五百石を与えると書いてあった。兄の敵と気づいたお縫は、酔った太平次の脇差しを取って切りつける。目を覚ました太平次と争うはずみに先の墨付きが二階から外へ飛び、通りかかった弥十郎の妻皐月の手に入る。太平次は下へ飛び降り、表でお縫との立ち回りになる。皐月の助太刀でお縫は敵を討つが自身もまた傷を負い、太平次の上に乗って「心中だ」と周りをつくろって死ぬ。皐月が関わりあいになるのを恐れてのことであった。

八幕目
 一方合法こと高橋弥十郎は、それと知らずに実弟の与兵衛を匿い看病していたが、庄屋からの呼び出しに家を空ける。この留守にお亀の亡霊が現れる。お亀はいぶかる与兵衛に対して、一太刀なりとも、と大学之助に切り付けたが、返り討ちにあったと告げ、血潮に染まった小袖を残して姿を消す。ここへ皐月も帰宅するが、そのすぐ後に大学之助一行が訪ねてくる。刃向かったお亀の夫を生かしておいては為にならぬと大学之助一味は与兵衛へ切りかかる。かなわぬと知った与兵衛は自害。直後に帰った合法は大学之助が来たと聞き、敵討ちの時が来たと亡き瀬左衛門へ向かって告げる。これを聞いた瀕死の与兵衛は初めて合法が自分の兄と知り、また合法も与兵衛を自分の弟と知る。与兵衛は霊亀の香炉を兄に渡し、また皐月も最前太平次から得た一軸を渡す。いざ敵討ちと合法は家を後にする。

大切
 逼塞の赦免を得て国入りする大学之助一行に向かって合法は名乗りをあげ、討ってかかる。家来に邪魔され、一旦は取り逃がした絶望のために自害したかに見えた合法だったが、これは大学之助を誘き出す計略であった。大学之助を討ち果たして大団円となる。

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