凌波僊子

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りょうはせんし


画題

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解説

東洋画題綜覧

凌波僊子は水仙の異名で、『典籍便覧』に載する処、『文選』にある曹植の洛神賦から来てゐる、支那三国の世に甄氏といふ美人があり魏の曹植これに思ひをかけたが、兄の文帝が既に宮中に召してゐるので、自分の意を通ずることが出来ない、その中に甄氏は不図病を得て世を去つた、そこで帝は甄氏の遺した枕を曹植に与へた、曹植その枕を抱いて寝てゐると一夜夢に甄氏の霊が現はれた、そしてその事を作つたのが『洛神賦』である、その中に、『凌波微歩羅襪生薼』の句がある、これを水仙に擬したのが、遂に此の花の雅名となつたのである。

     題水仙花図     陳旅

莫信陳王賦洛神、凌波那得更生塵、水香露影空清処、留得当年解佩人。

この題を以て水仙を画いたものに、谷文晁の作がある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)


すいせん「水仙」の項を見よ      

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)