「許遜」の版間の差分

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2021年12月7日 (火) 19:12時点における最新版

きょそん


画題

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解説

東洋画題綜覧

許遜は支那の仙人、その母、金鳳珠を銜んで来りこれを掌の上に墜しその珠を呑むと夢に見て覚め生れたのが許遜である、少年時代から穎悟、或る日狩猟に出で鹿を射たが、その母鹿のこれを悲しみ舐るを見て悟る処あり弓矢を棄てゝ学に志した、これからの生涯は千変万化を極め波瀾重畳、その詳伝は『列仙伝』に載せてあるが、長文なので、林羅山が『後素説』の抄録を引く。

許遜、字敬之、号真君、南昌人、呉赤烏二年生云々、受呉猛之秘煉艇艾城黄竜山、山湫有蛟魅、輒作洪水漂没舟室、真君遣神兵擒之釘於石壁而安、県有妖物逃往鄂渚、真君至橋伏剣叱之、妖蛟驚奔入大江、匿于深淵、乃勅吏兵駆之蛟従上流奔出遂誅之、又問新呉有蛟、真君乃以巨石書符、作鎮蛟文、以禁之、海昏有巨蛇、為民害、真君乃飛歩踏其首以剣劈其顙、弟子施岑甘戟等引兵揮之云々、城邑遇一少年、自称姓慎、真君曰、老蛟也、乃在郡城江浣化黄牛、臥沙磧之上、真君剪紙化黒牛往闘之、令施岑潜持剣往俟其闘酣即揮之、施君一揮中其左股、又化為人、入賈玉家、玉乃妻以女、居数載生二子、真君随至其堂、厲声叱曰、江湖蛟精害物不浅吾尋蹤至此、豈容復蔵速出、蛟精計窮遂見本形、蜿蜒堂下、為吏兵所誅、真君以法水、噀其二子、亦皆為小蛟併誅之、賈女亦幾変形、玉為哀求、真君給以神符、故得不変、真君曰、蛟精所居其下即水玉、乃遷居高原、其地果陥為淵、云々、孝武寧康二年真君、一百三十六歳。

と、許遜怪牛と、その仙術によつて作る処の牛の闘ひを見る図、載せて『列仙伝』にある。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)