土車

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つちぐるま


画題

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解説

東洋画題綜覧

能の曲名、元清の作、深草の少将妻に後れて世を果敢なみ遁世したので、其一子某、小次郎といふ乳父に伴はれて父を捜しに出た、小次郎は若君を土車にのせて曳きつゝ、行く/\仏を念じをうち物狂ひの姿となり食を乞ふ、やがて善光寺に到る、詣づる人の姿を見ても父よ君よと探す人の姿もないので、二人は川に身を投げやうとする、深草の少将折柄ここに廻り合せ、二人のさまに心ひかれ遂に名乗つてこれに逢ふ、シテは乳父小次郎、子方若君、ワキ深草少将、狂言里人、処は信濃である。

「住まで世に経る土車、めぐるや雨の浮雲、「住まで世に経る土車、めぐるや雨の浮雲、「是は都の辺り深草の者にて候ふが、思ひの外に父を失ひ、諸国をめぐり候ふなり、「悲しきかなや生死無常の世の習ひ、一人に限りたる事はなけれども、「悲しみの母は空しくなり、残る父さへ幾程なく、思ひの家を出で給へば、其行き方をも白雪の、跡を尋ねて迷ふなり、「あはれや実にいにしへは、花鳥酒宴にまどはされ、春秋を送り迎へし御身の、かくあさましくなりぬれば、僅かなる露の命を残さんと、「念仏申し鼓を打ち、「袖をひろげ物を乞ふ、心を人の憐まば、尋ぬる父の行き方を、教へてたばせ給へと、問へばはかなき憂き身ぞと、思ひながらも憂き旅を、信濃の国と聞えたる善光寺にも着きにけり

この一節のところ、極めて画趣があり画題となる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)