丹生弘吉

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にうの ひろよし


画題

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解説

前賢故実

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若狭国遠敷郡の人。幼い頃父親を亡くし、母親と二人で暮すことになった。母親に逆らうことがなく、何でも親の言う通りにしていた。母親のために、夏は竹の蓆をうちわで扇ぎ、冬は布団を自分の身体で温めていた。また、外出するたびに、父親の墓へ参り、胸をたたき地団駄を踏んで、泣きながら経を唱えてから帰っていた。弘吉の田地は毎年水害、旱魃、風災、蝗害による損傷がなかったので、村の人々は弘吉の孝行が天を感動させたからだと考えていた。貞観十二年、勅命によって二階を叙せられた。

(『前賢故実』)