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	<title>Z0677-077 - 版の履歴</title>
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		<title>2025年5月7日 (水) 00:00にWikiSysopによる</title>
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		<updated>2025-05-07T00:00:04Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=総合=&lt;br /&gt;
[[小倉擬百人一首]] 第77番　「[[崇徳院]]」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;＊以下の「（数字）」は参考文献の数字と対応している。&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【翻刻】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[瀬をはやミ岩にせかるゝたき川のわれてもすゑにあハむとそおもふ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見ハ憂に思ひの闇の眼なし鳥　比翼と契る其人の　側にありともしらぬひの　かきならすなる筑紫琴　唱歌もあハれ朝☆の&lt;br /&gt;
露けき袖をおきかげてハ　盛り久しきよろこびとなりけり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌意：川の流れが急なため、滝川の水が岩にせき止められて一旦は二つに分かれるが、後にはまた一つに流れあうように恋しい人と今は別れなければならなくとも、いつかはきっと逢おうと思う（10）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
絵師：[[歌川豊国]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彫師：彫工房次郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
版元：[[伊場屋　仙三郎]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[改印]]：米良、村田&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Z0677-077.jpg|thumb|画像]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【基本情報】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
役柄名「宮城阿曽次郎」及び「みゆき」から、この浮世絵は「[[生写朝顔日記]]」を題材にとっている事が分かる。描かれている人物は[[五代目沢村長十郎]]と[[初代坂東しうか]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==題材の出典や他の作品との関係==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「生写朝顔日記」は原稿作品が生まれるまでに、読本を基にした複雑な成立過程を経ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　源流は清の戯曲「桃花扇」といわれるが、それを小説化した「桃花扇」がより基になったのではないかと考えられている(3)。さらに、明時代の「琵琶記」など他の中国戯曲も多々影響を与えているようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この「桃花扇」を基に講釈師の[[司馬芝叟]]が長話「あさがお（草冠に舜）」を製作、この長話を舞台化しようと思った芝叟が近松徳三に掛け合い、狂言「朝顔日記」が制作された。しかし、この時琴のひける女方がいなかった為、上演されずに終わってしまう。次に、馬田昌調（雨香園柳浪）が読本「朝顔日記」を発表する。この作品は人気作となった為、大阪にて出来島千助により「生写あさがお（草冠に舜）日記」と題され劇化されたというが、『「朝顔日記」演劇史的研究：「桃花扇」から「生写朝顔日記」まで』の四章を担当する安富順は裏付ける証拠がないと述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　読本の人気により、奈河晴助によって「けいせい筑紫つまごと」が発表される。文化11年正月に大坂、市川善太郎座において上演。この作品には二代目嵐吉三郎、二代目沢村田之助が出演し、大当たりをとた。大ヒット作品となり、朝顔ブームを引き起こしたりと爆発的な人気を博したが、近代以降は義太夫狂言に吸収されて姿を消していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この作品に影響を受け、人形浄瑠璃「生写朝顔日記」が制作される。この作品は翠松園主人が山田案山子（近松徳三）の遺稿を基に製作したものであり、大坂、稲荷神社で上演されたのが最初である。この作品に嘉永頃に制作された西沢一鳳作「絵入りしょう（のぎ篇に卑）史あさがお（草冠に舜）物語」が加味され、浄瑠璃、歌舞伎、人形浄瑠璃とバラバラであった「朝顔日記」が統一され現行の「生写朝顔日記」が出来上がった。統一前の段階として、この現行作品と人形浄瑠璃版の間には人形浄瑠璃としての増補版も制作されている。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　このように複雑な制作過程を経て一つの作品としてまとまってきた「生写朝顔日記」ではあるが、歌舞伎、浄瑠璃版どれをとっても、基本的に読本を下地においているので、ストーリーとしての大きな違いは見られない。それぞれの特徴を生かした人物構成の違いや演出の違いはあるが、大まかな枠として読本に準拠している。また、興味深い共通点として「朝顔日記」にはお家相同的な要素があったのだが、それがどれもカットされ、みゆきと阿曽次郎の恋物語に特化されているという点が挙げられる。これもまた、原拠が読本にあるという事が一つ理由としてあげられるのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
関連作品：「[[けいせい筑紫つまごと]]」「[[時鳥貞婦噺]]」「絵入りしょう（のぎ篇に卑）史あさがお（草冠に舜）物語」「[[生写朝顔話]]」などがある。&lt;br /&gt;
　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あらすじ】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　秋月弓之助の娘深雪は、宇治で蛍狩りをしている際、阿曽次郎と出会い見初めるが、二人はそのまま別れ別れになる。その後、国へ帰らねばならなくなった秋月家が明石で風をまっている時、同行していた深雪と鎌倉へ赴任する途中だった阿曽次郎は偶然にも出会う。深雪はついていきたいと懇願するが、折しもの風で船が出港する事になり、二人は再び離れる事にになってしまう。そこで深雪はせめてと阿曽次郎に朝顔の歌を書いた扇を渡しておく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　年頃であった深雪に父から縁談が言い渡される。その相手とは「駒沢次郎左衛門」といい、阿曽次郎が改名してその名になったのであるが、その事を深雪が知る由もない。縁談を拒んだ深雪は出奔し、涙のあまり盲目になってしまう。その日から深雪は盲目ながら琴を弾きつつ流浪することとなる。&lt;br /&gt;
　あるとき、島田の戎屋にて二人は三たび出会う。朝顔の歌から盲目の女が深雪であると阿曽次郎は悟るが、周囲の眼から名乗り出る事が出来ず、そのまま去ってしまう。その事実を知った深雪はその後を追って大井川までおうのだが、川が増水して渡る事が出来ない。ここまでかと思った深雪は自害を図るが助けられ、二人はめでたく結ばれる。ついでに、深雪の眼も治る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【絵解き及び考察】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:UT23-136(2).jpg|thumb|初代豊国画]] [[画像:UT23-136(1).jpg|thumb|初代豊国画]] [[画像:201-4267.jpg|thumb|蛍狩りの図]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　配布資料では、この絵について二人が猪牙舟に乗り、大きな船が描かれている事から絵の舞台を海と見ている。また、みゆきが盲目ではない事から、この絵をみゆきが阿曽次郎の鎌倉への赴任を見送る場面が想定されているのではないかと考え、そこから二人が様々な試練を乗り越えてまた再び出会う事から本歌の「われても末に会はんとぞ思ふ」の見立てとしていると考えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　歌の内容、深雪と阿曽次郎の運命から、別れ別れになったもまた再び出会おうという歌の意味を汲んで、見立がされているという意見に関しては私も賛成である。資料の注目した点以外に二人がかわした扇、深雪の衣装などからもこの絵が明石での場面を描いていると結論づけられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　初代豊国画とタイトルをつけた上二枚の画像は初代歌川豊国によって文化13年（1816年）描かれた「時鳥貞婦噺」の浮世絵である。阿曽次郎のポーズなどから、小倉擬百人一首の絵はこの作品をまねた可能性があるということは間違いない。浮世絵データベースを利用して検索を書けてみると、他にも類似した明石の場をモチーフにした作品はいくつか見ることができる。明石の別れは朝顔日記において、展開を大きく左右する重要な場面である。それ故に、浮世絵の題材としてとられるときにこの場面を用いる事が多々あるようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ところで、見立てがされているわけでもないこれらの作品は、明石の場を描いていると言えるのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一番下の画像をみていただきたい。これは宇治で蛍狩りをしている際二人が出会う場面を描いたものである。こちらも船に乗った二人が出会うシーンであるが、明石の場面でないことは明らかである。他の作品と蛍狩りの絵を見比べたとき、まず気が付く点として、船の描き方が異なっているという点があげられる。蛍狩りの図に描かれている船は屋形船や小舟であり、海に浮かべるような船ではない。よって、船の形状という点から明石の場でないことは明白である。&lt;br /&gt;
また、最大の理由として蛍が飛び交っていることがあげられる。明石の場で蛍が飛び交うことはあり得ない。逆にいえば、作者は明石の場には絶対に登場しない蛍を利用することにより、この図が明石の場でないことを示そうとしているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　朝顔日記をモチーフにした浮世絵では、先に述べたように明石の場が非常に多く用いられている。それゆえに、蛍狩りの場を描くためには、大きな違いを持たせなければ明石の場との違いがわからない。そこで、その対策として、明石の場では絶対に登場し得ないモチーフ─蛍─を持ってきて両者の違いを示す必要があるというわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これらの理由から、見立てをされていない朝顔日記の船に乗る二人をモチーフにした作品についても、それが明石の場を描いているということができるだろう。そして、それらを真似した可能性のある77番の見立て絵もまた、明石の場を描いたものであると結論づけて問題ないと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最後に二人の別離はなぜ明石においてであったのか、という理由を考察する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「歌舞伎事典」(1)によると、阿曽次郎には熊沢蕃山というモデルがいる事が示されている。この熊沢蕃山という人物は江戸初期に実在した儒学者であり、岡山藩で儒学に基づいた藩事業を手がけた。例えば、教育の推進、治水工事、飢饉対策などである。政治的活動が顕著な人物であった為、一般には武人としてのイメージが強いようであるが、少なくとも江戸時代には広く知られた文人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ところでこの熊沢には、曾祖父に「岷江入礎」という「河海抄」などに対して批判や訂正、増補を行った源氏物語の注釈書を編集した人物がいる。また、本人自身も源氏物語の研究をよく行い、源氏物語に関する本を出版したり、上皇に献上したりもしたようである。彼の研究については本居宣長も何らかのコメントを残さずにはいられないレベルであり、影響を与えたとさえ言われている（7）。このような状況からみて、熊沢蕃山が源氏物語に関してひとかどの人物であるという知識は、ある程度周知の事実といってよかろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、ここで注目したいのは、源氏物語も、光源氏が明石の入道の娘を妻にするが、天皇からの命で別離が訪れる、という明石の段を持つということである。源氏物語と深雪と阿曽次郎に別離、どちらも「明石」が舞台になっているというこの事実、偶然の一致とは言い難いものがある。やはりここには作者の何らかの意図があったのではないかと考えるのが適当であろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　明石の君の場合、光源氏との別離と懐妊した身で残されるという苦労はあるが、子供をつれての上京と再会、そしてわが子が后になるという幸福が待っている。対してみゆきの場合、阿曽次郎と別れ別れになり、盲目になってしまうという苦難は待ち受けているけれども、最終的には阿曽次郎と再会し、再び目も見えるようになるという喜びが待っている。この二人には程度の差こそあれ、同じような境遇が待っている。つまり、明石を舞台にする事により、熊沢蕃山という人物のもつ要素から、深雪という人物像をより深く描くという効果、深雪と阿曽次郎の別離と再会を印象的にする効果が得られているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　崇徳院は、再び京に戻りたいという熱烈な想いを持ちつつも、それを実現する事は出来なかった。しかし、深雪と明石の君はそれぞれの逆境を越え崇徳院の運命とは全く真逆の道を歩んでみせるのである。「生写朝顔日記」は一代朝顔ブームを巻き起こす程の人気を博したらしい。文楽や読本も流通していた為、困難を乗り越え結ばれていく二人の物語を知らない人は少なかったのではないか。そのとき、叶わぬ願いとそれを見事叶えてみせた対照的な二つの物語が合わさったこの浮世絵は、人々の心に深い感慨を与えたのではないだろうか。つまり、この浮世絵は同じ別離を題材としていても、対称性を与える事により、絵としての面白みを生み出す事が出来たのではないかと考えるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　以上より、「生写朝顔日記」には川や船のシーンがいくつかあるが、この浮世絵ではとくに明石での別離を描いていると考えるのが適当ではないかと考える。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　　&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
*参考site&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*参考文献&lt;br /&gt;
1,「歌舞伎事典』　下中直人　平凡社　2000年1月24日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2.『歌舞伎登場人物事典』　古井戸秀夫　白水社2006年5月10日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3.『新訂増補　歌舞伎人名事典』　野島寿三郎　日外アソシエーツ株式会社　2002年6月25日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4.『歌舞伎名作事典』　小宮暁子　演劇出版　1996年8月10日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5.『浮世絵の鑑賞基礎知識』　小林忠、大久保純一　至文堂　1994年5月20日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6.『「朝顔日記」演劇史的研究：「桃花扇」から「生写朝顔日記」まで』　飯島満編　「朝顔日記」の会　2003年1月&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7.『熊沢蕃山』　宮崎道生　1995年5月15日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
8.『源氏物語ハンドブック』　鈴木日出男編　三省堂　1998年3月&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9.『源氏物語の鑑賞と基礎知識　明石』　日向一雅編　至文堂　2000年6月10日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
10. 『新編　和歌の解釈と鑑賞事典』　井上宗雄、武川忠一編　笠間書院　2000年3月10日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
11.『The Hundred Poets Compared - A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/and Kunisada』 Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing 　2007年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
12.〔古典聚英９〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画　吉田幸一　笠間書院 2000年　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
*[[Z0677]]&lt;br /&gt;
　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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		<author><name>WikiSysop</name></author>
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