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	<title>Z0677-009 - 版の履歴</title>
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		<title>2025年5月7日 (水) 00:00にWikiSysopによる</title>
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		<updated>2025-05-07T00:00:04Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=総合=&lt;br /&gt;
小倉擬百人一首 第九[[小野小町]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Z0677-009.jpg|thumb]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
花の色ハうつりにけりないたづらに我身よにふるながめせしまに&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌意：花の色は長雨の間に色あせてしまった。私も物思いに耽っている間に衰えてしまったことだ。「我身よにふる」の「よ」（世）は恋愛を意味し、「ふる」は雨が「降る」と我身が「古くなる」の意をかけている。『古今集』春下・113。初句字余り。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広重画「園部左衛門」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
版元文字:伊場仙板&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彫師:－ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
園部薄雪が事跡　きハめて定かならず　或曰　足利の代の人なりとカ　地主の花見に薄雪姫　左衛門を垣間見て　恋衣ふかくも染一期に盛衰ありし事ハ　うすゆき物語に見えたり　柳下亭種員筆記&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【絵解き】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●典拠を明示した『[[薄雪物語]]』は、作者未詳の仮名草子。慶長（1596～1615）末の作。左衛門と薄雪の出会いと、薄雪死後を語る末尾のほかは、大部分が二十九通の艶書から成る。慶長古活字版以来、四十種以上の版本があることや、艶書小説としての影響作品も多いことから、近世庶民の女性教養書として歓迎された。人の思慮分別を超えた恋のわりなさ、この世のはかなさを認めつつも、もののあわれ、恋のあわれを教えている。この物語と広重画は、小野小町の本歌を、園部左衛門が桜の花見で姫を垣間見ている姿に見立てた絵。絵師は羽織に「園部」の文様を連ねてその人物を表し、唐草つなぎ文の袴をはき、右手に扇を左手には恋歌を詠んだ短冊を持つなど、芝居絵風に描いたのだあろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
引用・参考）〔古典聚英９〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画&lt;br /&gt;
平成１４年（2002）,吉田幸一,笠間書院&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
●ある春の日、薄雪姫は清水寺へ満開の桜の花見に出かけた。彼女は短冊に歌を書いてそれを桜の枝にくくりつけた。同じとき、有名な刀鍛冶である国行の一行が将軍から寄与された刀を奉納するために清水寺への道を通った。この国行の一行の中に、刀が納められた箱を運ぶ役として園部左衛門という若い男がいた。重要な仕事からの帰路の途中で、左衛門は桜の木にかかった薄雪の歌が書かれた短冊を見つけた。彼はそれを木から取って読み、この歌を書いた人物が回りにいないかとあたりを見回した。すこし離れたところで、薄雪はその様子を見ていた。彼女は女中を送り出して、左衛門にその歌が書かれた短冊を返すように言ったが、左衛門は新しい歌を作ると約束しなければこの短冊は返さないと言った。そして二人は歌を交換して、清水寺に置いてきた大切な刀は傷を負い、災いを刻み込んだ。刀が穢れたことが発見されたときには、左衛門と薄雪は責任を負ってお互い離れ離れにされてしまった。勇気ある彼らの父らの行動で、左衛門と薄雪の命は逃げ落ちて助かった。悲しいことに、そのすぐ後その二人は再会したが、薄雪は病で死んでしまった。左衛門は出家した。この小町の歌との繋がりは、種員の文章にもあるように、薄雪姫と園部の早い死にあると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参考）The Hundred Poets Compared - A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/and Kunisada&lt;br /&gt;
2007,Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【考察】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
①左衛門と薄雪の恋、小町の盛衰について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
柳下亭種員がいうように、私も、この小野小町の本歌と広重が描いた絵のつながりは、左衛門と薄雪の恋の盛衰と、小野小町自身の盛衰を思わせる歌の内容にあると考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉田氏の「芝居絵風に描いた」という見解から、この園部左衛門は『新薄雪物語』のそれだと私は考える。『新薄雪物語』の左衛門と薄雪は、『薄雪物語』同様清水寺詣での際に交換した歌をきっかけに一時は恋仲として過ごすが、Joshua S. Mostow氏が言う内容のように、二人は無実の罪を着せられ離れ離れになってしまう。その後再会できたはいいが今度は薄雪が病気で死んでしまい、左衛門は出家してしまう。一方の小野小町も、民間に流布していた[[小町伝説]]のため、この小倉擬百人一首を手に取るような人々の間では、小町は若いころの華やかな生活から一転、年老いてからは退廃的な生活をおくること、衰えていくイメージが強調されていたと考えられ、隆盛→退廃の公式が『薄雪物語』と小野小町の共通のイメージとして成り立つと考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、『薄雪物語』の冒頭には、薄雪を形容することばに「漢の李夫人楊貴妃、[[小野の小町の若盛り]]、女三の宮の立ち姿も、これにはいかでまさるべき」というものがり、さらに『新薄雪物語』の、薄雪と左衛門が出会うシーンである「地主権現花見の段」には、「天晴れお歌の御器量なら、今の世の小町様」というものがある。これは画題で取り上げられた薄雪と本歌の小野小町を結びつける一つの証拠になると考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
②見立七小町について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三代目豊国の作で、安政五年（1858）「[[見立七小町ノ内　清水小町]]」と題された浮世絵がある。この清水小町の絵は、今回の小倉擬百人一首の第九の作がなんの意図を持って新薄雪物語を用いたかを考える上で重大な手がかりになると私は考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
三代目豊国画の見立七小町は今回取り上げた小倉擬百人一首第九番より後に作られたものだが、この二作のイメージの共通点は小倉擬百人一首第九番を考える上でとても重要な意味を持つだろう。見立七小町からもわかるように、この作品が作られた当時の人々が、小町という人物をモデルに作られた[[清水小町]]という伝説から小町と男の出会いの場である清水寺が導かれ、そこから更に新薄雪物語という、同じく男女が清水寺で出会うところから始まる物語を連想したのは想像に固い。小町伝説のうち、清水小町では実際に小町が清水寺に参拝に行ったことになっており、しかも一人の男性[[遍昭]]との出会いを果たしている。これは新薄雪物語の展開と重なり、このイメージがこの小町の歌（というよりむしろ、小町本人）に新薄雪物語の絵をつけさせたのだと考えられる。また、小町の本歌が同じく百人一首に載せられている遍昭の歌と呼応する部分があることが読み取れるため、百人一首という場でこの二人が清水小町を連想させるのは容易だと考える。この小倉擬百人一首第九番は、花の色は～の歌に擬えて絵が描かれたというよりは、小町本人から連想されたものに拠るところが大きいかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
③桜について&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この小町の本歌「花の色ハうつりにけりないたづらに我身よにふるながめせしまに」は、すでに衰えてしまったあとのことを歌った歌であるが、広重はこの小倉擬百人一首を描く際、敢えて薄雪と左衛門が出会うシーン（彼らが衰える前の情景）を選んでいる。これは、小町の本歌に桜のことである「花」という単語が入っていて、ちょうど薄雪と左衛門が出会う場所が清水小町でも取り上げた清水寺でも桜の花見の席だったからだと考える。つまり、この左衛門の後ろで咲き誇る桜は、小町の本歌にあるようにいつか色を失い衰えていき、薄雪と左衛門の恋も今は咲き誇っているがいつかは同じようになってしまうという暗示の意味があると私は考える。これは薄雪と左衛門が離れ離れになってしまったり、薄雪が死んだあと左衛門が出家するシーンを描くよりも、より効果的に小町の本歌の持ち味や薄雪物語の内容を引き立てることができるのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の人々は小町伝説のおかげで小町が衰えゆく様を容易に想像できただろうし、艶書教養書として女性に広く受け入れられていた薄雪物語や、歌舞伎物の新薄雪物語のストーリーにも同じことが言えるだろう。広重はそれを狙ってわざと衰えたあとを歌った小町の歌に、今恋が芽生えようとしている薄雪と左衛門の描写を持ってきたのだと考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、同じ小倉擬百人一首46番の&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[由良の門を渡る舟人かぢをたえゆくへも知らぬ恋の道かな]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
に同じように薄雪物語が題材として使われており、ここで薄雪と左衛門の恋のゆくえの危うさを表現しているので、やはりこの小町の歌では、彼らが転落していく前の情景を描く必要があったのではないかと私は考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上三点より、この小町の本歌に新薄雪物語の薄雪と園部左衛門が出会うシーンを擬えた理由が見えるだろう。この歌を歌った小町自身が持つ七つの伝説のうちのひとつ「清水小町」が、清水寺を舞台として小町と僧正遍昭とも艶のあるやりとりをするという内容であるところから、同じく清水寺で出会い男女が恋に落ちる新薄雪物語が連想される。そして、小町自身の盛衰のイメージと新薄雪物語の二人の恋の盛衰のイメージが導き出され、清水寺で薄雪と園部左衛門が出会うシーンを描くことで小町の本歌の歌意がいそう引き立つのだと私は考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参考文献）&lt;br /&gt;
・〔古典聚英９〕浮世絵擬百人一首 豊国・国芳・広重画、平成１４年（2002）,吉田幸一,笠間書院&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・The Hundred Poets Compared - A Print Series by Kuniyoshi/Hiroshige/and Kunisada、2007,Henk J. Herwig/ Joshua S. Mostow,Hotei Publishing&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・鈴木重三執筆、日本浮世絵協会原色浮世絵大百科事典編集委員会編『原色浮世絵大百科事典』第四巻「画題-説話・伝説・戯曲」大修館書店、 1981.11&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・野田壽雄『日本古典全書「假名草子集」上』朝日新聞社、昭和35．3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・近世文学書誌研究会『近世文学資料類従　仮名草子編』勉誠社、昭和48．12&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・錦仁『小町伝説の誕生』角川書店、平成6．7&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・明川忠夫『小町伝説の伝承世界：生成と変容』勉誠出版、2007.12&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・松原秀江『薄雪物語と御伽草子・仮名草子』和泉書院、1997.7&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・秋里舜福『都名所図会』上巻、出版地不明：松風閣、19--&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・小野一之他『人物伝承事典　古代・中世編』東京堂出版社、2004&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・新藤茂「カラー図版団扇絵解説」『浮世絵芸術百四十八号』国際浮世絵学会編集委員会、東銀座印刷出版株式会社、平16&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・佐野藤右衛門『京の桜』美術図書出版、平5&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
			&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>WikiSysop</name></author>
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