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	<title>006-2913 - 版の履歴</title>
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		<title>2025年5月7日 (水) 00:00にWikiSysopによる</title>
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		<updated>2025-05-07T00:00:04Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=総合=&lt;br /&gt;
東海道五十三対　&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;袋井&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
[[画像:006-2913.jpg|thumb]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【翻刻】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
桜か池の由来&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ある夜法然（はうねん）上人の庵へ女性来りて　我は[[艮嶽]]（こんがく）の源皇阿闍梨（げんくわうあじゃり）より[[龍華三会|龍善二会]]の暁（さとり）をまたんため桜が池に[[入定]]して今は龍身となれり　然るに[[総身|惣身]]の鱗（うろこ）の合に数万の虫わきて日に三度夜に二度身を苦（うら）むる事堪（たへ）がたし　あはれ桜が池に来（きたり）て此苦（くるし）みをたすけてたへ　と涙（なみだ）を落して頼（たのみ）ける　上人夢覚（ゆめさ）めて桜が池に至り給へは　水中より化龍顕（けりゅうあらわ）れ上人と答和（たふわ）す　上人龍に向給ひて[[称名念仏]]し給へは　ふしぎや惣身の鱗（うろこ）落てなめらかになり　うれしけに　永くみろくの世をまたん　とて　又水中にいりしとなり&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
絵師：[[国貞|三世豊国]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彫師：彫工房次郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
版元：伊勢市&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;【注釈】&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;====&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;袋井&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
袋井宿（ふくろいしゅく）。&lt;br /&gt;
山名（やまな）郡に所属。現袋井市の中央南西寄りに位置する。&lt;br /&gt;
宿の西端で北東から流れてきた沖之（おきの）川と北より南流してきた&lt;br /&gt;
宇刈（うがり）川が合流後、宿の南を西流する原野谷（はらのや）川に合流する。&lt;br /&gt;
地名は井水に囲まれた袋状の地形に由来するという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
〔近世〕&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東海道五十三次の江戸日本橋から二七番目の宿。掛川－見付間&lt;br /&gt;
が四里弱と長かったため、元和二年（１６１６）八月徳川頼宣は方丈（ほうじょう）&lt;br /&gt;
村のうち高二三石余を割いて袋井町を開設するよう命じた。&lt;br /&gt;
『静岡の地名』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;桜か池&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
池宮神社の境内地にあり、南岸（同神社が鎮座）を除く三方を照葉樹を中心とした原生林に囲まれ、神秘的な水をたたえている。二万年前に丘陵の谷と砂が堰止めた堰止湖といわれている。池には無数のおおきな緋鯉・真鯉がすみ、季節ごとにカモ、オシドリなどの野鳥が飛来する。県指定名勝。『静岡県の地名』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;法然&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
→源空（１１３３－１２１２）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平安時代の末、浄土宗を開いた僧。法然は房号。&lt;br /&gt;
久安三年（１１４７）比叡山に登り、西塔北谷の持宝房源光に従って諱を源空と称したが、まもなく東塔西谷の皇円の弟子となり、恵心流の天台教学とともに椙生流の本覚思想も受けた。『国史大辞典』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;艮嶽&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
比叡山延暦寺一乗止観院は、本朝五岳の其一つにして、王城鬼門に当れば艮峯とも号す。はじめは日枝山と書しを、桓武天皇の御宇延暦年中に、伝教大師と叡慮を等し、帝都鎮護として根本中堂を建営し給ふより、比叡山と改らる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
〔割註〕又、別名ありて、天台山、我立杣、艮岳、鷲峯、台嶺、叡嶽、大日枝、小日枝等の号あり。『都名所図会』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;源皇阿闍梨&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
→皇円&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平安時代後期の天台宗の僧。関白藤原道兼四世の孫。&lt;br /&gt;
久安三年（１１４７）法然は比叡山の戒壇院で受戒してから皇円に就いて天台教学を学んだ。俗伝によると嘉応元年（１１６９）六月弥勒菩薩の下生に値って得道しようと願い、大蛇の身を受け遠江国原荘の桜池に入ったという。『国史大辞典』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;【類話】&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;====&lt;br /&gt;
[[画像:Sakura.jpg|thumb|『東海道名所図会』]][[画像:Hojyou.JPG|thumb]]&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;１．桜ガ池『東海道名所図会』&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（前略）その後、源空上人この国に赴き、この池頭に臨み、師弟の別れを嘆じ、恩謝のため弥陀経を誦し、称名念仏したまえば、浅間しき大竜の形と顕れ、池上に頭を揚げて落涙の体なり。源空上人もともに涙を流し、師弟の御慈あらば、本の人体にて見えさせたまえとありしかば、竜身変じて源皇阿闍梨となって、互いに越方行末の御物語ましまし、また波の下にぞ入りたまうとぞ云い伝えり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;２．『東海道名所記』&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もとの御すがたにて、みえさせ給へとありしかば。大じゃハ、底に引いりて。源光あじゃ梨水の面にうき立給へり。しバらくありて、又なミの下に入給ひぬと、申つたへ侍べり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;３．桜ヶ池の阿闍利『遠江の伝説』（伝承地　静岡県小笠郡浜岡町佐倉）&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法然は何か苦しみはないかと尋ねた、別段にないが鱗の間にかあ虫が湧いて食いつくのが苦しい、法然は珠数で体を撫でた、鱗が三枚落ちた、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====【龍女と衣】====&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『龍の文明史』によると「東西の龍の形態において特徴的な相違点は翼の有無である。翼をもたなくても空を飛べるのが、中国の龍の特性である。ヨーロッパの天使は翼で空を飛ぶ。中国の天人はふつう翼をもたない。代わりに天衣をもつ。」としている。&lt;br /&gt;
また、『龍の起源』にも「中国や日本の天人・天女が翼をつけることはない。法隆寺や平等院の天人・天女のように天衣や雲を伴うだけであった」とある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上のことから、中国の龍が仏教などと共に日本に持ち込まれ、日本の龍も中国と同様に翼を持たない龍として定着していったと考えられる。よって、浮世絵に描かれている龍女の衣のようなものは、日本の天人や天女が翼の代わりに持つ「天衣」を表しているのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====【挿絵の桜】====&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
挿絵の桜は、ヤマザクラであると思われる。満開を過ぎたころに葉が出るのではなく、開花と同時に赤茶けた若葉が出ることが特徴であるとされている。中村福司著『桜ヶ池 池宮神社考』には、「桜ヶ池は昔も今も桜の名所で池の附近の原生林にも山桜が多い」とある。『桜が創った「日本」』によると、「ソメイヨシノの前はヤマザクラが日本の桜であり、最も自然に近い桜である」としていることから、ヤマザクラを描くことで「桜ヶ池の桜」をより自然に近い本来の桜として描いているのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====【考察】====&lt;br /&gt;
[[画像:101-6664.jpg|thumb|「浦島太郎」「瀬田の竜女」]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この作品で、注目するのは「龍」である。『東海道五十三対』と『東海道名所図会』では、作品の描かれ方が異なる。『東海道五十三対』は、龍女を描いているのに対し『東海道名所図会』では龍（源皇自身）を描いている。他の作品では、女性は登場して来ない。なぜ、この浮世絵では女性でなければならなかったのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『太平記』の「時政榎島に参籠の事」に、北条時政が榎島に参籠して子孫繁昌を祈願したところ、美しい女性が現れた。&lt;br /&gt;
しかし、帰るときには女性の姿ではなく長さ６０メートルほどの大蛇になって海中に消えると、その跡に大きな鱗が三つ落ちていたとされる。鱗は、龍神が自分の願いを聞いてくれた証拠であると思い北条家の旗に鱗模様をつけて「三鱗絞」だという伝承がある。&lt;br /&gt;
「浦島太郎」「瀬田の竜女」の方でも、女性が着ている着物の柄が鱗の形をしていることから、龍女であることがわかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
桜ヶ池には、もう一つ伝承があり『和漢三才図会』より、ある国守の妾がこの池の龍に魅せられて池に引き込まれ行く方が分からなくなったことからも、女性と龍の伝説が関わっていることがわかる。&lt;br /&gt;
以上の点から、この浮世絵は「桜ヶ池」という池に伝えられている伝説に、源皇ではなくあえて女性を龍女として登場させ、源皇が鱗の悩みを女性に託すことで二つの「桜ヶ池」の伝承が合わさって、一枚の浮世絵として描かれているのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
====【参考・引用文献】====&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『静岡の地名（日本歴史地名大系第２２巻）』平凡社地方資料センター編　平凡社 ２０００年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『国史大辞典』国史大辞典編集委員会編　吉川弘文館　１９７９年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『都名所図会（日本図会全集２期第１巻）』日本随筆大成刊行会　昭和３年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『東海道名所図会（新訂　日本名所図会集２）』　秋里籬島著　粕谷宏紀監修　ぺりかん社　２００１年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『東海道名所記（叢書江戸文庫５０）』冨士昭雄校訂　国書刊行会　２００２年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『遠江の伝説』『日本伝説大系第七巻』荒木博之編　みずうみ書房 １９８２年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『龍の文明史』安田喜憲編　八坂書房　２００６年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『龍の起源』荒川紘著　紀伊国屋書店　１９９６年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『桜が創った「日本」』佐藤俊樹著　岩波書店　２００５年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『太平記１（新潮日本古典集成）』山下宏明校注　新潮社　昭和５２年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『和漢三才図会（日本庶民生活史料集成第２９巻）』　寺島良安著　遠藤鎮雄編　三一書房　１９８０年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
			&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>WikiSysop</name></author>
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