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	<title>005-0372 - 版の履歴</title>
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		<title>2025年5月7日 (水) 00:00にWikiSysopによる</title>
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		<updated>2025-05-07T00:00:04Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=総合=&lt;br /&gt;
東海道五十三対　吉原&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
[[画像:005-0372.jpg|thumb]]&lt;br /&gt;
[http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/enpakunishik/results-big.php?shiryo_no=005-0372]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【翻刻】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉原&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
冨士川水鳥&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
左兵衛佐殿　むほんのよしありて　平家の大軍冨士川まで押しよせ来りける所に　ある夜冨士沼にあまたなる水鳥の何かは驚き一度にぱっと立ける羽音　雷（いかづち）大風の様に聞へければ　平家の兵（つわもの）ども源氏の大軍向ひ来りと心得　皆々周章（あはて）噪（さわぎ）て尾州河洲俣へと落行けり　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
絵師：[[国芳]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
----&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;吉原&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東海道の一五番目の宿場町であり現時の静岡県富士郡。平坦な街道筋の宿駅でありこの辺りでは道が大きく右折するために富士山が左手に見え「左富士」の名所となっている&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;題材&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この浮世絵の題材となったのは、『平家物語』の富士川の箇所であり、この章のあらすじとしては&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
福原では東国への追討軍派遣が決定され、九月十八日に大将軍の維盛、副将軍忠度以下三万騎が出発した。二十三歳の若き大将軍維盛の出陣姿はかがやかしいものであった。また忠度は、先祖貞盛が将門追討のために東国へ向かった故事を読み込んだ和歌を、ある宮原の女房と交わした後に旅立った。&lt;br /&gt;
同月二十二日、高倉上皇が再び厳島へ赴いた。天下静謐と自分の病気平癒の祈願のためである。上皇は祈願の内容を記した願文を自ら作文したという。&lt;br /&gt;
さて追討軍は十月十六日に駿河国清見が関に到着した。軍勢は次第に膨れ上がり、七万余騎になっていた。大将軍維盛は富士川を前にして軍を留める。一方頼朝は足柄山を越え、駿河国黄瀬川に到着、そこに甲斐・信濃両国の源氏が合流し、浮島が原で二十万騎が勢ぞろいした。&lt;br /&gt;
維盛はここで東国事情に通じた[[斉藤別当実盛]]から、東国武士たちの驚くべき生態を耳にする。今回生還できるとは思っていないという実盛の言葉に、平家の兵たちは恐れおののく。同月二十三日の夜半、明朝の矢合わせを前にして、富士の沼に集まっていた水鳥たちがいっせいに羽ばたいた。大風や雷のようなその音を耳にした平家軍は、源氏の襲撃と勘違いして大混乱に陥り、我先にと逃亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
となっており『平家物語』において該当箇所は&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
さる程に、同じき十月二四日の卯の刻に、富士川にて源平の矢合とぞ定めける。同じき二三日の夜に入って、平家の兵共、源氏の陣を見渡せば、伊豆・駿河の人民百姓等が戦に恐れて、或は野に入り山にかくれ、或は船にとり乗つて、海河に浮かび、営みの火の見えけるを、平家の兵共、「げにも野も山も海も河も皆武者でありけり。いかがせん」とぞあわてける。その夜の夜中ばかりに、富士の沼にいくらもありける水鳥共が何にかは驚きたりけん、一度にぱつと立ちける羽音の雷・大風のなんどの用に聞えければ、平家の兵共「あはや、源氏の大勢の向かうたるは。斉藤別当が申しつる様に、富士の裾より搦手も定めてまはるらん。取り籠めるられては叶ふまじ。ここを落ちて、尾張河・洲俣をふせげや」とて取る物も取りあへず、我先にとぞ落ち行きける。余りにあわてさわいで、弓取る者は矢を知らず、矢取る者は弓知らず、我が馬には人に騎られ、人に馬には我騎り、或は繋いだる馬に騎つて駆ければ、杭をめぐること限り無し。其の辺近き宿宿より、遊君・遊女度も召し集め、遊びさかもりけるが、或はかしら蹴破られ、或は腰踏み折られて、をめき叫ぶことおびただし。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とあり今まさに逃げている様子が描かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;考察&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
水鳥に驚き平家の軍勢が逃げるという記述は『平家物語』のほかにも『吾妻鏡』や『今昔物語』にも掲載されているが、この話自身の信憑性はそれほど高くないのではないかと考えられる。それは『玉葉』においては平氏の撤退理由に水鳥の記述自体が無く、単純な兵力差によるものとあり常識的な理由となっている。そして『平家物語』や『吾妻鏡』の記述においても差異があり、水鳥が飛び立った理由が源氏の軍勢が押し寄せていたからとする『吾妻鏡』とただ理由無く飛びたったとするのが『平家物語』である。&lt;br /&gt;
このように見てみると水鳥の羽音を源氏の軍勢と勘違いし逃げ出したというものは奇抜な発想であっただけに、富士川の章段は平家の狼狽振りを揶揄し嘲笑する意識のもとに誇張され描かれているのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またこのことからおそらくこの浮世絵は『平家物語』を基準として描かれていると考えられる。それは 上記のように『吾妻鏡』においては、水鳥が飛び立った理由を敵軍が攻めてきたのに驚いて飛び立ったとあるが、この浮世絵には翻刻の部分においては鳥のような影を見て取ることはできるが、それ以外のものといえば逃げ惑う人しか描かれておらず、もしこの記述を参考とし描いたのであるとすれば、源氏の兵がかかれていたもよさそうなものではあるが、そのような人影は見て取ることは出来ない。翻刻の箇所においても水鳥が飛び立った理由は明記されていない。そして&lt;br /&gt;
中心の馬に乗っている人物が、右手に矢をもっているが、弓は馬の足元に落ち ており、「矢取る者は弓知らず」という記述の部分と合致する。これらの点よりこの浮世絵は平家物語を基準として描かれたと考えられる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
参考文献&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『平家物語』、杉本秀太郎、講談社、一九九六年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『平家物語全注釈』中巻、富倉徳次郎、一九七七年　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『浮世絵事典』、吉田暎二、画分堂、一九九〇年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『中世文学』「『平家物語』の虚構性に関する一考察」、―富士川の章句を中心としてー、鈴木則朗、一九六三年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『平家物語ハンドブック』　小林保治　　三省堂 　二〇〇七年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『平家物語を知る事典』、日下力、鈴木彰、出口久徳、東京堂出版、二〇〇五年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『平家物語の批判的研究』、下巻、平田俊春、国書刊行会、一九九〇年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
			&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>WikiSysop</name></author>
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