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	<title>産女と地獄思想 - 版の履歴</title>
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		<title>2025年5月7日 (水) 00:00にWikiSysopによる</title>
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		<updated>2025-05-07T00:00:04Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;=総合=&lt;br /&gt;
　芳年がこの作品を描くにあたっての題材を『今昔物語集』から得たのは、北斎の作品からの影響の可能性が高いことは既に述べた。しかし、芳年の描く産女はどうも北斎とは異なっている。むしろ鳥山石燕の描いた「姑獲鳥」と非常に似通った部分がある。左手で赤子を支え、右手は額に当て、前屈みとなっている弱々しい産女の姿が両作品に描かれているのだ。鳥山石燕の姑獲鳥は安永八年（1779年）のものであるから、これも芳年の作品より先に世に出ている。芳年は産女を描くにあたって、石燕の姑獲鳥から影響を強く受けたものと考えられるがそれも推測の域に過ぎず、考察が及んでいないのでここでは以上で終えることとする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そしてここにおいて注目したいのは、産女の下半身を染め上げる血である。産女の説明の項において「腰より下は血に染まっている」産女像が多く描かれていると述べた。芳年の産女も同じく、血に染まった布を腰に巻いている。これは、北斎の描いた産女と異なっている部分でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これに関して、京極夏彦・多田克己編『妖怪図巻』の解説では、「封建社会では家の存続が大切であったから、妊娠できないまま出産前に死亡した女性は「石女地獄」に、妊娠したまま出産前に死亡した女性は「血の池地獄」に堕ちると信じられていた。そのため、生きて自分の子どもに対面できなかった無念から亡者となってこの世にさ迷い現われた「産女」は、まるで血の池地獄に浸っていたように、下半身が血だらけに染っている。」と書かれている。つまり、「腰より下は血に染まった」産女の像は「血の池地獄」という地獄と関係しているという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　◇地獄思想&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人の仏教の思想の中に、地獄・極楽思想がある。この二つの世界が地続きで隣合わせとなっていると考えるのは「仏教経典との根本的な相違」(注1)の日本人の他界観であるらしいが、ここで注目したいのは地獄図の中に描かれる「血の池地獄」である。「血の池地獄」とは「膿血のたたえる地獄。また出産のために死んだ人がおちるという地獄」(注2)のことを言う。その様子は曼荼羅などによって見られる。曼荼羅は密教の両界曼荼羅が有名であるが、地獄極楽図が描かれる曼荼羅は浄土曼荼羅と呼ばれる浄土教の曼荼羅である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　宮坂宥勝氏は「幕府の寺院統制による最大の産物は何といっても檀家制度である。これは一定の菩提寺と檀那との決定的な統合を前提とするもので、原則的にいって個人の信教の自由を奪ったものといえよう。しかし、その反面、檀家制度が徹底したために、すべての者が仏教とかかわりをもつようになった。これが江戸仏教の大きな特色である」(注3)と江戸時代の人々の宗教について述べている。仏教と一言で言っても、様々な種類の信仰があり、浄土教はその中の一つである。つまり、「すべての者が仏教とのかかわりをもつようになった」とは言っても、その全ての者が浄土教信仰者とは限らないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし、人々にとって信仰に限らず地獄の概念というものはあったであろう。それは、古くから伝わる書物や絵画作品であったりと存在を知り得ていた可能性は十分に考えられるのである。「修験道が文学や芸能や美術の面で、庶民文化形成に大きな役割を果し、その唱導の文学と芸能の中に地獄極楽が多く語られたことがわかってきた。」(注4)と五来重氏が述べているように、浄土教信仰者でなくても地獄極楽の世界を知る機会はあったと見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　澤田瑞穂氏は『修訂 地獄変 中国の冥界説』の中で、「世間では僧尼の所説を聞いて、婦女が出産による罪で死後にこの池に入ると伝えるのは大きな誤りである。すべての女が子を産むのは当然のことであり、たとえ難産により急死した者があっても、その汚穢を罪としてこの池に入れることはない。」としており、「この池を設けたのは、男女を問わず、陽間で神前仏後を顧みず、日辰を忌まず、五月十四・一五の夜、八月三日、十月十日、この四日に男女が交媾の禁を犯せば、諸地獄の苦を受けた後にもこの池に入れられる。また男女が好んで殺生や料理をして、その血を竈や仏堂や経典および一切の祭祀の器具にかけた者は、他の地獄を経た後もこの池に入り、容易に出ることはできない。」と指摘している(注5)。つまり、「出産のために死んだものがおちる血の池地獄」は「僧尼の所説」の誤りでしかないのである。しかし言い換えれば、「僧尼の所説」で存在を認めることができると言う事だ。当時の人々が実際「血の池地獄」をどう捉えていたのかは分かりかねるが、「出産のために死んだものがおちる地獄」と今も伝えられている以上、あながち人々の信仰に対しては「誤り」ではないのかもしれない。実際、愛知県北設楽地方では、「産で死んだら血の池地獄、あげておくれよ水施餓鬼」(注6)といった唄が伝えられているそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　芳年がどの資料から「産女の腰より下は血に染まっている」ということを知り得たかは分からない。しかし、同時代の書物や伝わる絵巻物に描かれた産女を見て「血に染まる産女像」を造り上げ描き、その「下半身を血に染めた産女」を見た人に、重なるようにして血の池地獄を思い浮かばせる効果をもたらしたのではないかと考える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
＜脚注＞&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（注1）五来重『日本人の地獄と極楽』、人文書院、1991年3月20日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（注2）石田瑞麿『例文 仏教語大辞典』、小学館、1997年03月01日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（注3）宮坂宥勝『日本仏教のあゆみ』、大法輪閣、1979年11月01日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（注4）注1と同じ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（注5）澤田瑞穂『訂正 地獄変ー中国の冥界説』、平河出版社、1991年07月15日&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（注6）注1と同じ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
			&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>WikiSysop</name></author>
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