浮世絵基礎知識 1

- 画き込まれた情報 -


<役名> この図は、文久元年9月17日から、江戸の市村座で上演された「鬼一法眼三略の巻 (きいちほうげんさんりゃくのまき)」という演目の浮世絵である。は、「三保谷国俊」という役名であるということを示している。 

<役者名> は役者の名前を示す。この場合、4代目中村芝翫(なかむらしかん)がで示した 「三保谷国俊」という役を演じているということになる。 役者絵には、時代によって、役名のみで役者名が書かれていない場合や、その逆の場合がある。これは、出版統制によるものである。幕府は度々、禁令と執拗な取り締まりを行った。最大の弾圧は、天保の改革の時であった。しかし、江戸市民の根強い人気に支えられて、役者絵がなくなることはなかった。

<改印> 改印とは、浮世絵版画刊行の際に検閲を受けた証として押された印である。 検閲の手続きは、版下の段階で版元が行事(または名主)に提出し、行事(または名主)は発行に差し支えなしと判断すればその版下に改印を押して返す。版元は改印をそのまま彫って摺り込むのが常であったようである。は年月印で、酉正九と彫られている。これは、文久元年の九月を表す。 

<絵師落款> は三代目歌川豊国の落款である。「年」という字の草書体を枠形に意匠化し、「豊国画」という文字を中に書き込んでいる。歌川派では、これを「年玉」という。 

<版元> 版元とは、浮世絵版画の出版元である。版元は版画面に、版元名や商標、住所など を意匠化した印形を摺り込んでいる。の版元については不明であるが、に類似した印形に神田の亀谷岩吉がある。版元については研究があまり進んでいないため、不明なものが多い。 

<彫師> 版木を彫った人のこと。版画面に彫師の名前(住所も銘記されることがある。)が摺り込まれているものもある。は「彫十才子兼」とあることから、小林彫兼が十才の時に彫ったものであると分かる。ただし、大部分は小林彫兼の師匠である小泉彫兼が彫り、部分的に十才の小林彫兼が彫ったものであると考えられる。十才で彫りの仕事を任せられるということは驚異的なことである。彫師も版元同様、研究があまり進んでいないため、不明なものが多い。


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