chushingura&mitate  

様々な忠臣蔵錦絵

浮絵 忠臣蔵四段目の図
大判錦絵横絵1枚
歌川豊国
寛政6〜7年(1795〜1796)
UP1158

「浮絵」とは西洋の遠近法をとりいれて、空間の距離感を強調した手法を用いた浮世絵のこと。この作品では、四段目の門外で九寸五分の短刀を握りしめ、復讐を決意する大星由良之助の姿と、背後から諸士たちを嘲笑する薬師寺次郎左衛門を中心に描いている。画面右奥には花献上の場面と、上使が判官に切腹を告げる場面を、異時同図法を用いて描く。

 

忠臣蔵六段目
中判錦絵1枚
歌川豊国
寛政中期(1791〜1795)
shiUY0322

本作品は茶屋の主人がお軽の実家を訪ね、勘平に身売りの証文を見せている場面を描いたもの。縁側の先に広がる田園風景に描かれている編笠姿の侍は千崎弥五郎と原郷右衛門で、勘平から受け取った金五十両を返すためにやって来るところである。初代豊国は天明期から文政期に活躍した絵師で、本作品は初期の作品である。

 

忠臣蔵七段目
中判錦絵1枚
歌川豊国
寛政中期(1791〜1795)
shiUY0323

七段目は、縁の下から引きずり出された斧九太夫を由良之助が打擲する場面を描いている。寺岡平右衛門の衣裳に使われている菖蒲革の模様は、足軽の袴地などに用いられたもので、平右衛門の身分の低さを示している。

 

仮名手本忠臣蔵 浮会三段目
小判錦絵1枚
(2)喜多川歌麿
文化年間(1804〜1818)
UP1241

これまでに紹介例のない二代歌麿の忠臣蔵の浮絵。画中に大きく「浮会(絵)」と記すが、多くの浮絵に見られるような極端な透視図法を用いず、むしろ俯瞰図的に描かれている。描かれている場面は、早野勘平が鷺坂伴内とその手下を蹴散らし、お軽の郷里である山崎の里へと落ちていく、三段目の裏門の場面。

 

忠臣蔵十一段続 五だん目
中判錦絵1枚
勝川春章
天明後期(1785〜1789)
UP0429

五十両を奪われまいと必死の抵抗を見せる与市兵衛と、刀を握り与市兵衛を惨殺しようとする定九郎という、五段目の著名な場面を描いた勝川春章の作品。春章は役者絵に似顔の手法を導入して、役者絵の進化に大きく貢献した絵師。画面左端の印記は「壷印」と称されるもので、春章が初期から用いている印である。

 

忠臣蔵九段目
間判錦絵1枚
喜多川歌麿
享和元年(1801)
UP1123

描かれる四人は、右からお石・力弥・戸無瀬・小浪。小浪を伴って山科を訪れた戸無瀬は、小浪と力弥との祝言を迫るが、お石に拒絶される。本作品は緊迫した母親同士のやりとりを描く一方で、嫁入り姿の小浪と奥から様子をうかがう力弥とを唐紙で隔てて描くことにより、構図の調和が計られている。なお本シリーズについては、円の外に狂歌を散らし、版元印も見られる初摺品の存在が知られている。

 

[仮名手本忠臣蔵 七段目]
柱絵1枚
鳥高斎栄昌
寛政5年〜11年(1793〜1799)頃
UP1216

七段目を描いた柱絵。縁先の由良之助を中心に、上部に二階のお軽、下部に縁下の九太夫を配する。笄の音によって、お軽の存在に気付いた由良之助が背中に密書を隠し、九太夫が握っていた文の端が破れた瞬間を描いている。「柱絵」は「柱かくし」ともいい、掛物に仕立てて柱にかけたり貼り付けたりしたもので、縦長の構図に相応しい画題が取り入れられることになる。そのため、縦の美しいラインを形成するこの場面が柱絵の人気題材となり、七段目に見立てた柱絵作品も多数制作された。

 

恋合端唄尽 おかる 勘平
勘平(1)中村福助
おかる(4)尾上菊五郎
大判錦絵1枚
(3)歌川豊国
万延元年(1860)
UP0466

画面の上半分に端唄の詞章を書き、下半分に歌舞伎に登場する代表的な恋人たちを、当時の人気役者の似顔で描いたシリーズ。忠臣蔵からは、お軽と勘平が選ばれている。金策のために祇園町へ売られていくお軽が、夫の勘平に別れの挨拶をする、六段目の身売と称される一場面を描いている。

 

浄瑠璃 忠臣蔵七段目
三味線(1)市川新車
上るり(4)市村家橘
上るり(6)坂東三津五郎
人形見ぶり寺岡平右エ門(5)坂東彦三郎
妹おかる(2)沢村訥升
大判錦絵2枚続
(2)歌川国貞
慶応元年(1865)5月 市村座
UP0482 UP0483

河竹黙阿弥作の所作事「忠臣蔵形容画合」の七段目の場面を描いたもの。この「忠臣蔵形容画合」は、「仮名手本忠臣蔵」に拠りながらも、各段ごとに奇抜な趣向を仕組み、大序から七段目までを見せるという所作事であった。七段目は、平右衛門とお軽のやりとりを人形ぶりで演じ、浄瑠璃と三味線を役者が勤めるという趣向であった。

 

新板 忠臣蔵十一段続
高師直、加古川本蔵、大星由良之助、斧定九郎、加古川本蔵、かん平母、天川屋義平
(4)市川団蔵
大判錦絵5枚続
歌川豊国
寛政13年(1801)2月中村座
UP1130 UP1131 UP1132 UP1133 UP1134
「仮名手本臣蔵」の大序か忠ら十一段目までの通しを五枚続に描いたもの。通しの続き絵を描くにあたり、特定の興行に取材し配役どおりの役者似顔を用いた点に、絵師豊国の工夫が見られる。また作品全体に緑の縁取りを施し、芝居の絵看板めかしている。なお当該興行の眼目は、市川団蔵が早替りを含む七役を勤めた点にあり、そのうちの六役が本作品に描かれている。