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見立挑灯蔵

「見立絵」について

「見立絵」とは、よく知られたものを、全く異なるものになぞらえて表現した絵のことである。たとえば、美人に弁慶縞の着物を着せることにより、美人を武蔵坊弁慶になぞらえるなど、その発想と、いかにして別のものに見立てたかを楽しむものである。もともと「見立て」とは、比喩表現の一つであり、近世期では俳諧で盛んに用いられた表現方法であった。それが浮世絵に取り入れられ、視覚的な面白さを広げていったのである。
一方、雅から俗への転化に面白さを見出す「やつし」と呼ばれる表現方法がある。たとえば大星由良之助とお軽を現代の男女に置き換えた作品などは、「やつし」の手法を用いた作品である。「やつし」と「見立て」は、全く別種のものであったにもかかわらず、「見立絵」に複合して用いられたために、近代になると「見立て」と「やつし」を混同して認識されてしまった。また役者絵では、実際には上演されていないが、ある役に人気役者をあてはめて描いた役者絵のことを「見立絵」と呼ぶ。
「仮名手本忠臣蔵」は、「見立絵」の格好の題材として庶民や遊女の姿を、主要な登場人物になぞらえて描かれている。この事実は、寛延元年の初演からわずか数十年で、庶民の教養以前の知識として浸透していたことを示している。忠臣蔵の「見立絵」を通じて、いかに忠臣蔵の世界の影響力が大きなものであったか、あらためて認識させられる。

 

見立挑灯蔵


大判錦絵11枚揃
歌川国芳
弘化4年〜嘉永元年(1847〜1848)


様々な美人の姿を「仮名手本忠臣蔵」の各段の著名な場面に見立てた全十一枚のシリーズ。各作品とも、「仮名手本忠臣蔵」の登場人物を描いた提灯のコマ絵が、画賛とともに、どの場面の見立てになっているかを解決する糸口となっている。絵師の国芳には「縞揃女弁慶」、「大願成就有ヶ滝縞」など、同形式の見立絵の先行作品があり、本シリーズはそうした先行作品をふまえて描かれている。尚、画賛を記しているのは、尾張家の御用商人で、国芳の後援者であった梅屋鶴子こと諸田亦兵衛と、その周辺の狂歌師たちである。


見立挑灯蔵 大序
かんざしにさししひさごのつるが岡名香かをる少女子が髪 梅屋
UP0547
四十七の兜から新田義貞の兜を見極めるという大役を果たした顔世御前の袖に、高師直がすり寄る大序の場面。ここでは折り紙の兜をもつ美人を顔世御前に、その袖にとりついて兜をねだる子どもを師直に見立てている。子どもの頭から落ちた烏帽子には師直の紋である五三桐があり、提灯に描かれた烏帽子大紋姿の師直と結びつく。画賛の「名香かをる」は義貞の兜に焚きしめた名香「蘭奢待」の香りが兜に残り、それを頼りに兜を見極める場面の台詞をふまえている。

 

見立てうちん蔵 二段目
梅屋 若狭塗のる花台にさからはて主にそなれの枝や切るらむ
UP0548

高師直への怒りを抑えきれない桃井若狭之助は、師直殺害を決意したことを家老の加古川本蔵に打ち明ける。本蔵は屋敷の松の木の枝を切り落とし、「まつこのとおりにさっぱりと遊ばせ」と自分の意志も若狭之助と同じであると示す。本作品では提灯に刀を握りしめる若狭之助を描き、若い娘が生花のために松の枝を剪定している姿を、本蔵の松伐りに見立てた。画賛の「若狭塗」は桃井若狭之助を、「枝や切るらむ」は松伐りを暗示している。

 

見立挑灯蔵 三段目
梅屋 おくりこす桃の節句の進物も下りの雛を饗応の役
UP0549
加古川本蔵は、主君桃井若狭之助に対する忠義心から高師直へ賄賂を進上し、鷺坂伴内がその目録を取り次いで読み上げる。提灯に描かれるのは、目録を読み上げる伴内と平伏する本蔵。本作品では美人が添え文を読みながら節句の進物に目をやる姿を、伴内の姿に見立てている。画賛の「桃の節句」に桃井若狭之助の名を効かせ、三段目の進物の場と、五節句の風習であった進物の贈答とを掛け合わせた作品である。

 

見立てうちん蔵 四段目
よみさしの浄瑠璃本へかんさしのあしもしとろにおくり三重 魚の屋厚丸
UP0550
大星由良之助が、主君塩冶判官の腹切り刀の血潮を嘗め、仇討ちの決意をして、館を立退くという四段目の幕切れに見立てた作品。美人が小間物商の携えてきた品物の山に肘をつき、気に入った笄を手にして眺める姿を、大星由良之助の姿に重ね合わせている。提灯の中に描かれるのは、血気にはやり由良之助に制せられる大星力弥と諸士たち。画賛にある「おくり三重」とは四段目の由良之助の幕外の引っ込みに際して、三味線だけで伴奏される下座音楽のこと。

 

見立挑灯蔵 五段目
梅屋 鉄砲のあつ湯好かもたはふれに子ともにねたる網の金柑
UP0551
銭湯帰りの女性が子供に金柑をねだっている情景を、五段目の五十両を持つ与市兵衛とそれを奪おうとする定九郎に見立てた作品。女性の浴衣の模様と手に持つ刀はそれぞれ定九郎の蛇の目傘と刀を表し、子供の持つ金柑は与市兵衛の五十両を表している。また、提灯の中に描かれているのは猟師姿の早野勘平。画賛の「鉄砲」は勘平の鉄砲と銭湯の鉄砲風呂の二つの意味をきかせている。

 

見立挑灯蔵 六段目
ひとゝほりきいてたべよと大小のさし艾をやいだすかはきり 宝木亭
UP0552
御用金とした五十両が舅の与市兵衛を殺して奪った金と思い込んだ勘平は、千崎弥五郎と原郷右衛門にも不義不忠をなじられ進退窮まり切腹をする。その直後に潔白は証明されるが、連判に血判をして勘平は息絶える。本作品は灸をすえるため墨で灸点の印を入れる美人の様子を、勘平が切腹する場面に見立てたもの。提灯の中に描かれるのは千崎であろうか。画賛中の「ひとゝほりきいてたべよ」は、勘平が千崎たちへ申し開きをする場面で使われる台詞。また「かはきり(皮切)」とは最初にすえる灸のことを指し、勘平が腹に刃を突き立てた時の激痛を連想させる。

 

見立てうちん蔵 七段目
見られしと人にこゝろを置ごたつあとやさきなる文の言訳 梅屋
UP0553
由良之助が顔世御前からの密書を読む際に、上からはお軽、下からは九太夫が読もうとする場面を見立てたもの。提灯には、密書を延鏡に映し見るお軽が描かれる。中央の女性の衣装には二つ巴を散らし、由良之助を投影する。忠臣蔵でお軽は密書を誰かからの恋文だと思って覗き見するが、女性が恥ずかしそうに隠す様子をみると、本作品の手紙はおそらく恋文なのだろう。こたつの下の猫には、由良之助が繰り下ろす文を床下から盗み読み、破り取ってしまう九太夫が重ねられている。画賛には「をなごの文の跡や先 参らせ候ではかどらず」という浄瑠璃の文句を効かせてある。

 

見立てうちん蔵 八段目
盃洗にたつる小浪の道行も象牙の撥のふじやみゆらむ 梅屋
UP0554
人形浄瑠璃では三大道行の一つと称される「八段目道行」、いわゆる「道行旅路の嫁入」の場面を見立てた作品。芸者が三味線を手にして立つ姿を、杖を片手に道中を急ぐ戸無瀬の姿に重ね合わせる。提灯の中に描かれるのは、生さぬ仲の娘である小浪。画賛にある「象牙の撥のふじやみゆらむ」という箇所からわかるように、芸者が手に持つ三味線の撥を富士山に見立てている。また着物の裾に描かれる模様は、道中の振分け荷物を暗示したものであろうか。

 

見立てうちん蔵 九段目
幡の屋 番付のてき地の絵図にうち入の人数も揃ふ芝居見物
UP0555
瀕死の加古川本蔵から、師直邸の絵図面を手渡された大星由良之助は、この絵図面こそ討入りの為の兵法書と喜ぶ。本作品では、芝居番付を夢中になって眺める庶民の親子を、絵図面を見て討入りの段取りに夢中になる由良之助親子に見立てている。画面手前には切りかけのおもちゃ絵が描かれているが、これは提灯の中のくずれた三方に見立てたものであろう。画賛にある「うち入」は、芝居見物に行くことを、赤穂浪士の討入りになぞらえている。

 

見立てうちん蔵 十段目
チヽフ千證庵小松 真こゝろもかたき石井の三味せんにひけと根しめはくるはさりけり
UP0556
内密に討ち入りのための調度を整える天河屋義平のもとへ、大星由良之助が同志を捕手として入り込ませその心を試し見る。三味線の調子を合わせている美人を、義平に武具調達を白状させるため息子の喉へ刃を突きつける捕手の様子に見立てている。提灯の中に描かれるのは、息子を人質にとられながらも、武具を入れた長持ちに腰掛けて「天河屋義平は男でござる」と豪語する義平の姿。画賛中の「真こゝろもかたき」とは、こうした義平の心根のことも指す。

 

見立桃灯蔵 十一段目
幡の屋 すゝ払めざすかたきの胴あげを見つけ出したる明がたの空
UP0557

煤払いは、町筋では特に夜に行われることが多く、その日は祝儀の意味をこめて来合わせた人々を胴上げする風習があったという。その風習を、高師直が討ち入りの浪士に見つかり捕らえられる場面に見立てた作品。美人の浴衣に見られる五三桐は、師直の紋である。それを胴上げしようと手をあげて人を呼び集める子どもの姿を、浪士の姿に重ね合わせている。コマ絵に描かれる浪士は駆けつけた同志であろうか。煤払いの日は十二月十三日、赤穂浪士が吉良邸に討ち入った十二月十四日に響き合うものである。