第1回 春画プロジェクト 企画

近世春本・春画とそのコンテクスト

シンポジウム

「近世春本・春画とそのコンテクスト」

本シンポジウムは、春画プロジェクト第1回企画として、春画プロジェクトの紹介と、春本・春画研究のこれからの方向性を示すことをテーマに掲げています。2008年9月には、ロンドン大学SOASにて同テーマによるワークショップが開催されましたが、それをさらに発展させ、多角的な視点から春本・春画を分析、考察します。

浮世絵や文学など様々な分野の研究者が、自身の専門とする分野との関わりの中で見いだした、浮世絵の中での春本・春画の位置付けや、他の文芸との関連性などは、これまでの春本・春画研究では決して発見されることのないものとなるでしょう。

本シンポジウムのプログラムは、下記のリンクよりご覧いただけます。
> シンポジウム プログラム

発表要旨

1日目 12月4日(金) 13:00-17:30
13:10-13:30
舟木本「洛中洛外図」と浮世絵春画
早川聞多/国際日本文化研究センター 教授

浮世絵春画の大きな特色として、1.特定の階級または場所ではなく、あらゆる階級の風俗に目を広げてゐること、2.男女の顔(表)と性器(裏)を同等に並列して描写してゐること、3.人間の日常(俗)の生態を直視し生々しく描きとめてゐること(笑ひ)、が指摘できるが、さうした絵師の自覚的な眼差しは、江戸時代が始まつてすぐの京都の町と人々を描きとめた舟木本「洛中洛外図」の内にすでにはつきりと見てとれる。

13:30-13:50
菱川師宣の春画
白倉敬彦/国際浮世絵学会 理事

師宣の春画についての最新情報を含めた作品リストを作成し、そこから見えて来たいくつかの特徴と、改めていくつかの疑問点について言及する予定。また、作品の所蔵については、今後の研究に役立つように、現蔵、旧蔵ともに記録することにした。とくに、日文研における師宣の艶本コレクションは充実しており、この際閲覧されることを望む。

13:50-14:10
西川祐信の春本における社会的側面
ジェニー・プレストン/ロンドン大学SOAS 博士課程

1722年の享保の改革では、好色本が全面的に禁止された。これにより西川祐信の春本制作はしばらく止むこととなった。しかしながら、禁止の対象となったのは、好色的な内容そのものよりも、好色本ジャンルが階級制度に対する不信感を表す媒体となっていたことであると考えられる。実際のところ、祐信の春本の多くは身分制度や権力に対し批判的であった。今回の発表では、祐信の春本に見られる反階級的思想を検証し、18世紀前期の好色本は、反体制的文学の萌芽であったことを提案するものである。

15:00-15:20
18世紀女子用往来パロディーの意義 ―月岡雪鼎の春本制作
アンドリュー・ガーストル/ロンドン大学SOAS 教授、立命館大学 客員研究員、春画プロジェクト リーダー

月岡雪鼎(1726-1786)の女子用教訓書(往来物)をパロディにした春本は、女性向けのものであると論じる。『女大楽宝開』(1756年頃)や『女令川おへし文』(1768年頃)は、『女大学宝箱』『女今川おしへ文』の儒教的な女性像や夫婦のあるべき理想像に、真正面から対抗していると考えられる。本発表では、雪鼎のパロディ本が女性の立場を描く春本であり、積極的にセックスを楽しむ女性という理想、ならびに男性は女性に優しくかつ楽しませるべきだという教えが、そのポイントだと論じる。

文章を書く、あるいは絵を描くとき、作者は先行する作品との関わりの中で書く。いかなる作品もある言説の中に存在しながら、ある場合にはそれを受け継ぎ、またある場合には批判的な立場を取るであろう。春本というアングラ的な作品を書くということに、どのような意義があるだろうか。それぞれの春本には、それなりの思想があったはずであり、「春画」を一概に語ることはできない。しかしながら、春本が「笑い本」と別称されるように、春本に「笑い」の要素は共通するようだ。雪鼎の春本を基軸に、春本における笑いの意義についても考察してみたい。

15:20-15:40
『女貞訓下所文庫』の女性像
矢野明子/ロンドン大学SOAS ポストドクトラルフェロー、立命館大学 客員研究員

月岡雪鼎による女子用往来をパロディにした作品のひとつとして知られる春本『女貞訓下所文庫』(明和五年[1768]頃刊)を取り上げる。
原本の『女庭訓御所文庫』(明和四年[1767]刊)は、あくまでも十二ヶ月の消息文の手習いを主眼としていたが、本書では、消息文形式のパロディはその一部にすぎず、新たなトピックや見開きの交合図を多く入れるなど、もとの形式をふまえつつも創意に富んだ作品となっている。
発表では特に原本との対照において、『女貞訓下所文庫』独特の女性観が表れている箇所について論じたい。

15:40-16:10
磯田湖龍斎と『色物馬鹿本草』
浅野秀剛/大和文華館 館長

『色物馬鹿本草』は寛文七年刊『食物和歌本草』の体裁を借りた安永七、八年頃刊の枕絵本である。『絵本見立百化鳥』の手法を真似たそのパロディーはなかなか巧みであり、読者は、文章で楽しみ、絵で楽しみ、パロディーの出来を楽しみ、さらに付文を楽しむことができるように工夫されている。絵だけではなく、本文も磯田湖龍斎の手に成ると思われ、少し知に走りすぎている感があるものの、当時の生の風俗を機知で処理した優れた枕絵本として紹介したい。


2日目 12月5日(土) 9:30-17:30
9:30-9:50
春画考察の移動観点: 現代社会変化はどのように歴史を変形させるのか
ポール・ベリー/関西外国語大学 教授

始めに、現代日本社会における明確な性的イメージの見方の変化と、同時期の春画と江戸時代風俗研究立場の変化を比較する。また、数点の新しい春画の考え方を紹介する。結末には現代社会の春画に対する見方の効力と盲点を取り上げる。

9:50-10:10
江戸時代における絵入艶本の出版について ※ 英語
エリス・ティニオス/リーズ大学 名誉教授

発表者は、1650頃から1868年の間に刊行された商業出版物の幅広いコンテクストにおける絵入艶本の役割に関して、いくつかの疑問を詳細に調査した。本発表では、艶本の体裁の特徴や、艶本以外の本の体裁との比較、大坂や京都、江戸での制作数の変化や出版統制が制作数に与えた影響について考察を行う。

10:10-10:30
大英博物館所蔵春画作品について
ロジーナ・バックランド/大英博物館 学芸員・ポストドクトラルフェロー

大英博物館には、版画、絵本、画帖、肉筆絵を含め、250点以上の春画が収蔵されている。
それらは17世紀初頭の絵画から天明年間の「袖の巻」と「歌まくら」の傑作、幕末の極彩色の艶本まで多岐にわたっている。当館に収蔵されたこれらの作品の多くは、春画を所有することが恥ずかしいとされる時代に匿名で寄贈されたものである。しかし時代は変わり、今日では当館が所蔵するエロチックな作品は、それぞれの文化において不可欠な意義のあるものとして広く認識され、館内でもそれ以外の作品と同等に展示されている。

そして、来年には大英博物館の日本春画を紹介する書籍が出版される予定である。本発表では、この出版予定の書籍の概要と、そこで取り上げる作品を紹介したい。今回の出版は大英博物館とロンドン大学アジア・アフリカ研究学院の三年間の共同プロジェクトの第一弾であり、今後は特別展の企画も予定されている。また、私が本プロジェクトの一環として今後てがける予定の北斎の絵入り春本の調査についても簡単に紹介したい。

11:00-11:20
西村市郎右衛門刊行の「春本と浮世草子」 ―17世紀後半の出版商業主義―
中嶋 隆/早稲田大学 教授

17世紀後半、西鶴『好色一代男』の刊行以来、好色本が流行する。都の錦『元禄大平記』で「好色文の達人」と評された西村市郎右衛門は、その流行を牽引した書肆である。西鶴の好色物浮世草子とは異なり、書型は半紙本で、内容は扇情的、挿絵には性行為を画いたものが多い。西川祐信画三巻本に先行するこれらの好色本は、江戸での販売が企図され、その橋渡しをしたのは江戸書肆、西村半兵衛だろう。二人の出版活動について述べたい。

11:20-11:40
春本と養生書『黄素妙論』
石上阿希/文部科学省グローバルCOEプログラム ポストドクトラルフェロー

医師曲直瀬道三の作とされる『黄素妙論』は、明の嘉靖15年(1536)に刊行された『素女妙論』を抄出和訳したもので、松永弾正に献上された後、房中術として戦国大名の間で広まった。本書は当初、養生書として読まれていたが、文化5年に至るまでに春本として扱われるようになっていく。また、『黄素妙論』の影響を受けた春本も少なくない。
本発表では、その一例として『好色極秘伝』(宝永3年頃刊)を挙げる。中には先行する春本『好色訓蒙図彙』(貞享3年刊)と記述の重なりが見られる部分もあり、これらを比較しながら養生書から春本への流れを明らかにする。また、『好色極秘伝』以降、春本の中に取り込まれた『黄素妙論』を追いながら、江戸期を通じての養生書と春本の関連性について考察する。

13:45-14:05
北尾重政の春本 ~大好堂の考察を通して
日野原 健司/太田記念美術館 主幹学芸員

北尾重政は、鈴木春信が亡くなった後の浮世絵界を、礒田湖龍斎や勝川春章らとともに支えた絵師でありながら、春画や春本はおろか、画業全体についても十分な研究がなされていない不幸な絵師である。発表者はかつて、俳諧絵本、狂歌絵本、黄表紙など、重政のさまざまな版本についての考察を行ってきた。今回の発表では、重政の春本について、版本を中心とする重政の画業全体という視点から眺めることにより、その位置付けと今後の研究課題を考えてみたい。

14:05-14:25
艶本の中の狂歌師・戯作者像
小林ふみ子/法政大学 准教授

本発表では、最近所在が明らかになった北尾政演画と推定されている天明期の2点の艶本『床善草』『艶本枕言葉』について検討する。すなわち、戯作者や狂歌師が登場したり、あるいは人物の台詞の中で多々言及されたりすることで知られる作品である。書かれた内容を事実のうがちと見るよりも、まずは作中における虚構として捉えることによって、当該期の狂歌師・戯作者のあり方とその実像との距離感を考えてみたい。

14:25-14:45
『長枕褥合戦』の諸本について
赤間 亮/立命館大学 教授、立命館大学ARC センター長、DH-JAC 拠点リーダー

人形浄瑠璃の江戸作者の嚆矢としても位置づけられる平賀源内には、その代表作「神霊矢口渡」(明和7年<1770>)の三年前に「長枕褥合戦」を上梓していた。人形浄瑠璃を愛好していた源内ならではの作品で、節付も施されている本格的な体裁を持つ。
本書には、複数度にわたる版行が確認されているが、今回、「画工太澤程由斎」の題簽を有する挿絵入本を発見することができた。本書を加えて諸本の関係を再検討するとともに、本書の意味を考察してみたい。

15:30-15:50
歌川派の春画・春本と豊国
樋口一貴/三井記念美術館 学芸員

19世紀浮世絵界の最大の流派である歌川派は、天保期以降は、春本においても国貞・国芳らを輩出した中心的勢力であった。ところが、流祖豊春や豊国の兄弟弟子である豊広に遡ってみると、肉筆の作品はあるものの印刷物である艶本は確認されていない。実際のところ、歌川派における春本の嚆矢は、文政5年に刊行された豊国の『逢夜鳫之声』であったといえる。本発表では、豊国を中心に、歌川派の春画・春本制作について検討する。

15:50-16:10
《抄録家》魯文の艶本
高木 元/千葉大学 教授

仮名垣魯文は19世紀後半に活躍した戯作者であるが、文筆を生業として始めた安政期には《切附本》と呼ばれる草双紙と中本型読本とを折衷した廉価な冊子を書き散らしていた。このジャンルは先行する実録や読本などの抄録(ダイジエスト)が売物であった。そこで遺憾なく才能を発揮したのであるが、同時期には手っ取り早く原稿料を稼ぐために、艶本にも手を染めていた。長編抄録術に闌け、戯作(パロディ)精神に溢れる魯文の艶本について紹介したい。