第1回 春画プロジェクト 企画

近世春本・春画とそのコンテクスト

春本・春画とは

春本・春画とは、男女の性的な営みを描いた挿絵や、好色的な内容の本文を持つ本、あるいは 、男女の交わりを描いた肉筆画、版画などを指す。現在ではこれらの作品を指すときに「春本」「春画」という呼称が一般的であるが、近世期には「枕絵」「笑い絵」 や、「絵本」「艶本」「会本」「笑本」(いずれも「えほん」と読む)など、様々な呼び方があった。

近世期に活躍した浮世絵師のほとんどは、春画制作に関わっている。菱川師宣をはじめ、西川祐信や鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川国芳など、多くの絵師が春本・春画に筆をとった。また、柳亭種彦や為永春水などの戯作者や、大田南畝などの文人たちも、春本の作者として数々の作品を残している。ただし、享保の改革による取り締まり以降、処罰を免れるため、作者、絵師の名前は伏せられ、代わりに隠号が用いられるようになる。例を挙げれば、北斎は「紫色雁高(ししきがんこう)」、国芳は「一妙開程芳(いちみょうかいほどよし)」、種彦は「九尻亭左寝彦(くじりていさねひこ)」などを用いていた。

近世期の春本・春画の表現は、実に多様で豊かであった。作者や絵師は、男女の性愛の姿をただ描くだけではなく、言葉や和歌を添え、その背景にある物語を読ませた。また、当時流行していた歌舞伎や戯作の形式や手法などを積極的に取り込み、常に新たな表現を作りだそうとしていた。
春本・春画は、技術的な面でも、その他の 浮世絵や版本を凌ぐ 高い水準を保っていた。当時の摺・彫の最高技術や造本の豪華さを楽しむことが出来るのも、春本・春画の特色の一つであろう。

このように、春本・春画は、近世期の文化の中で重要な役割を果たしていたが、現在まで十分な研究がされてきたとは言い難い状況にある。近世期に制作された春本・春画の総数はどれほどなのか、どのような流通経路があったのか、浮世絵や文芸などの表現媒体とはどのような関連があるのか、といった基礎的な問題ですらもほとんど明らかになっていない。これらの問題を一つ一つ詳細に検討することで、春本・春画自体の研究を進めることはもちろんだが、これらの資料から浮世絵や文芸に関する新たな知見を得られる可能性は未知数であると言えるだろう。