C2-1前賢故実における勾当内侍

『前賢故実 九下冊』
編著者:菊池容斎 判型:大本全20冊の内18冊目(第9巻)
出版:天保7年(1836)~慶応4年(1868)
所蔵:立命館ARC 作品番号:sakBK01-0080-18.

 『前賢故実』は、江戸時代後期から明治時代に刊行された伝記集である。これは上古から南北朝時代までの日本の歴史上の人物を肖像化し、漢文で略伝が書かれている。勾当内侍は、『前賢故実』において、新田義貞の妻として書かれている。特に、勾当内侍と新田義貞の出会いの場面で義貞が勾当内侍に歌を詠んだことや、義貞が越前国で戦死し、その際に掲げられた義貞の首をみて落胆したことが書かれている。
 『太平記』における勾当内侍は、その美貌によって新田義貞を魅了したとされている。さらに新田義貞は京都において勾当内侍との別れを惜しみ、出兵する時期を逃したとし、勾当内侍が結果的に義貞の滅亡の遠因を作った女性であるとする描き方である。現在そのエピソードが非常に広く知られているため、勾当内侍は「傾国の女」としての要素を持っている。そして新田義貞は勾当内侍の愛に溺れてしまい、滅亡してしまったという印象が強い。だが、この『前賢故実』では、新田義貞が勾当内侍との別れを惜しみ出兵する時期を逃したというエピソードが書かれていない。このため勾当内侍は、新田義貞に愛され、最終的には愛するものと悲劇的な別れをした「儚い女」としての要素が強く印象つけられるように書かれている。
 このことから、現在の勾当内侍の『傾国の女』としてのイメージと、江戸時代から明治時代の勾当内侍に対するイメージが異なっていたことがわかる。

(平)