9技法解説

●合羽摺

 着色したい部分を切抜いた型紙を使い、それに柿渋や漆を塗って、水分をはじくようにしてある。これを合羽と呼び、着色したい部分に合せてこれを絵の上に置く。刷毛やたんぽでその切ぬた部分に色を塗り、合羽を取ると、切抜いた部分にだけ着色されているという仕組である。
 友禅染の型染めは、これと同じ方法を用いているため、染めの技術から思いついたものとも言われ、主に京都や大阪で行なわれたものである。
 この技法の場合、刷毛で数回なでつけるだけで均等に彩色できるように比較的水分を多く含んだ絵の具を使うため、型紙の際に絵の具の溜まりができ、乾いたあともその部分の色が濃く残る。また、切抜かれた部分に絵の具が塗られるが、細かな模様や、色を付けない部分が型紙と切放された、いわば「孤島」ができてはいけないため、それをつなぐ「ブリッジ」が必要となり、その跡が残っていることも合羽摺りを見分ける目安とされる。
 延享3年(1746)刊の『明朝生動画園』が版本に於ける上限とされており、一枚ものでは、明和5年(1768)の作品が報告されている。また、宝暦後半(1760年頃)には、歌舞伎や浄瑠璃の絵尽の表紙や包み紙にも彩色がされていて、これも合羽摺によるものである。合羽摺は、その後、上方の安価な絵入本や一枚摺の浮世絵に頻繁に用いられていたらしいが、現在は、伝存する作品が少ない。

 ポール・ビニー氏は、初期の歌舞伎作品や人物作品に黒や茶の色紙を使った合羽摺作品を残している。彼の作品は、その本紙の地の色をうまく利用し、他の色を「置いていく」方法を使っている。つまり刷毛ではなく、たんぽで何度も色を押付けていき、同じ切窓に対する彩色でもグラデーションを多用して変化をつけているのである。また、茶や黒という濃い色の背景に、金色を地潰しや地のグラデーションとして使うことで、そこに光を吸収して、地の色を面に浮出させることに成功しているのである。
 歴史的には、安価に大量に彩色することを目的として使われた合羽摺であるが、ビニーの場合、合羽摺は一つ一つ、色を丁寧に置くために選ばれた方法であって、根気を逆に必要とする方法である。

●ワイヤーブラシ

 木版の上に、その木目に添って、ワイヤーブラシを力強く擦り付け、木目をより強調した線を出したもの。作品「富士山の大雨」(№)は、雨の激しさを表現するためにこの技法を用いた。この作品では、色版は右下に見える富士山の形の1枚のみで、あとはボカシの手法により何重にものしかかる雲を表現した。

●モノタイプ

 ニスを塗った板に絵の具を置き、ニスによって絵の具がはじかれている効果をプリントしたもの。本作品は、当時若手版画家が多用していたテクニックで、作品「雲」(№)は、ビニー氏が実験的に制作したもの。このモノタイプの場合、摺刷ごとにその結果は異なり、同じ作品は生れない。以降、この技法は氏の作品には使われていない。

●リトグラフ

 石版画とも呼ばれる。石版石を使い、脂肪分を含む描画材で描いたあとをアラビアゴムなどで製版する。描画部分は、油と親和性を持ち、他の部分は、石版石の保水性が保たれているため、ローラーでインクをのせてもインクをはじくため、描画部分のみにインクが残り印刷される。
 ビニー氏は、作品「公家(坂東三津五郎)」(№)で、リソグラフと合羽摺を併用している。

●ジグソーカッティング

 エドワード・ムンクによって考案された方法で、一枚の板木を糸鋸でいくつかのパーツに切り分けてそこに色を付けて摺る方法である。いくつかの板木はさらに彫刻され、模様がつけられる。ポールビニー氏は、されにさらに手彩色を加えて作品を完成させている。

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●単色浮彫り

 ポール・ビニー氏は、基本的に自描自刻自摺によって作品を生み出しており、創作版画に分類される作家である。ブラックモデルでは、黒地の本紙に摺って色を沈める手法をとったり、下絵を描かずにダイレクトカッティングの手法を使うなど、実験的な作品が多い。また、ダイレクトカッティングによる複数板木でのマルチカラー作品もある。

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●空摺

 奉書紙などの厚い紙を用いて絵の具をのせずに強く摺ると、その版の模様が紙に浮出てくる。正面から見ていてもあまり目立たないが、斜めからの光があるとその凹凸に影が付き、模様が浮き出て見える。高価な浮世絵によく用いられる手法であるが、ビニー氏も、作品「えび反」(№)の襟部分、「三渓園」(№)の雪の足跡などで効果的に利用している。

●馬連筋

<馬連筋>
 ビニー氏が好んで用いている技法の一つで、背景をするのに馬連を立てて強く摺り、その馬連の動いた円形の摺跡を残すものである。
作例:「夏」(№3)、「国芳の猫」(№)、「蝶結び」(№)など。

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