阿知使主

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あちのおみ


画題

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解説

前賢故実

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漢霊帝の曾孫。応神天皇二十年帰化。応神天皇の詔によって高市郡檜前村に居を構えることができた。阿知使主が「臣の故郷が帯方にあり、親類が百済や高句麗に寓居している。親類たちは去就についてどうしようかと迷って心が定まらない。彼らを呼寄せたくて、天恩を賜るよう申しあげます。」と奏上した。応神天皇は勅命を下して阿知使主の親類を日本にまねき、公民の身分を与えた。今の諸国の漢人がその子孫である。応神天皇三十七年、天皇が縫工を求めたいため、阿知使主を呉に遣わす。阿知使主は呉織、穴織等四人の工女を連れて帰ったが、応神天皇が崩御したので、仁徳天皇に献上した。履中天皇が太子のとき、住吉仲皇子が謀反を起こした際に、阿知使主と平群木菟が太子に事変を告げ、太子を馬に乗せて一緒に逃げた。太子は即位した後に阿知使主に領地を賜る。

(『前賢故実』)