見越し入道

提供: ArtWiki
ナビゲーションに移動 検索に移動
印刷用ページはサポート対象外です。表示エラーが発生する可能性があります。ブラウザのブックマークを更新し、印刷にはブラウザの印刷機能を使用してください。

総合

見越し入道

 頭に毛髪のない、坊主頭の巨人。高い屏風や塀、または垣根や木の上から覗き込む大坊主。山越し、屋根越しの大入道。背丈が人の数倍もあり、背後からおおいかぶさるようにして、逆さに人の顔を覗き込むともいわれる。『総合日本民俗学語彙』には、見上げれば見上げるほど丈が高くなり、ついには人の背後からのぞくようになるとある。  西村白鳥『煙霞綺談(えんかきだん)』巻四にこんな話が出ている。

正徳(一七一二~一六)の頃、三河吉田町(愛知県豊橋市)の善右衛門という商人が、地鯉鮒(ちりう)より名古屋伝馬町行く途中の薄(すすき)の原でつむじ風に遭った。乗っていた馬の足を折って地にうずくまっていたところ、善右衛門も馬奴(うまやっこ)も気分が悪くなった。すると小松(小さな若松)の所から、背丈が一丈三、四尺(約四メートル)ほどの仁王のごとき大入道が現れ、歩み寄ってきた。その目の光は百連の鏡のようで、両人共にいよいようろたえて地に伏していると、化け物は人も馬も踏み越えて行き過ぎた。そんなことがあって一里ほど行くと夜が明けた。民家に立ち寄り、一服した善右衛門はは、家の主人に「このあたりに天狗とか怪異の物は出るのか」と問うと、「その化け物は、昔よりミコシニュウドウといわれるものでは」と主人は答えて笑った。名古屋の問屋にたどりついた善右衛門は、馬奴を帰して一息入れたが、食事をとろうにも箸が進まず、にわかにひどい病気となった。医者に診てもらい、薬も服用したが熱は高くなる一方で、十三日目についに死んでしまったという。

 この化け物は疫病の神である、と注釈されている。見越入道は、一説に、見ている間に巨大化する妖怪だといわれる。はじめは背の低い子坊主のようだが、人が見上げれば見上げるほどに背丈が高くなり、ついには天をつくほどに巨人の姿になるという。しかし、落ち着いて視線を元の高さまで戻してゆけば、入道の背丈は縮んでゆくとされる。

 『南佐久郡口碑伝説集(みなみさくぐんこうひでんせつしゅう)』には、長野県南佐久郡南牧村海ノ口に見越入道が出た話が載っている。やはり見上げると大きく見え、見下ろすと小さく見える妖怪で、お岩という婆さんがある夜これに出会って気絶した。その息子もまた川上に行った帰りの夜に出会って気絶した、とある。岡山県小田郡では、夜道などを歩いていると出てくる大入道だとされ、出会ったらまず一番に頭を見て順に足の方へと視線を移してゆかなければならないという。足の方から頭の方へ見て行くと喰われてしまうからだと、『民間伝承』第三巻に出ている。

 同じく『民間伝承』の第四巻には、静岡県の話として緋色の衣を着た一丈(約三.三メートル)もある大入道のことが出ている。この入道に出会ったある神主は、ドカッと大あぐらをかき、草履を打っ違い(十字に交差する)にして頭に載せ、向かってきたら火のついた煙管でぶちのめしてやるぞと、度胸を据えて煙草を吸っていた。すると、その姿は消えてしまったとある。見越入道に出会ってしまった場合、「見越した、見越した」などと呪文を唱えると消え去るともいわれている。静岡県庵原(いはら)郡南河内村では、穏和な人物として通行人をまちかまえていて、会話の最中に、話の内容によって大きくなって正体をみせるという。ある人が橋のところで鮎を取っていると、それをみていた小坊主が「どれだけ取れたか」などと言って大きくなるので「見越したぞ」と呪文を唱えてやると、小坊主はたちまち小さくなって消えた。もしそのまま見上げていたら気を失ってしまうといわれる。(井之口章次『日本俗信』)。(『妖怪図鑑』より抜粋)

 このように見越し入道にはさまざまな記述がみられる。愛媛県では「伸び上がり」、新潟県では「見上げ入道」、愛知県では「見越し入道」、「入道坊主」、広島県や山口県では「次第高」などと呼ばれている。そしてこの「見越し入道」は動物が化けたものであるという話も各地に多く残っている。福島県ではイタチが化けたものであるとされており、愛媛県ではカワウソ、また『古今百物語評判』には狸が化けたものとしても登場する。よって、この絵の見越し入道が狸であるということに関しては、特に問題がないように思われる。また、民間伝承では背丈が伸びて行く坊主の妖怪ではあるが、なぜか黄表紙などに書かれている見越し入道は、ろくろ首のように首が伸びる妖怪とされている。しかも三つ目であるものが多い。時代が下るにつれて、どんどん首が伸びることが誇張されてゆく。江戸時代後期では三つ目で首がヒョロ長いスタイルが定番となっている。『百怪図巻』などではまだ首が伸びていないが、石燕(せきえん)の『画図百鬼夜行』では、首が伸びかけている姿をしている。この絵でも、ろくろ首のように首が長く三つ目の姿が描かれており、当時の「見越し入道」の定番のスタイルとなっている。

参考文献

『妖怪図鑑』 文・京極夏彦 編・解説 多田克己 国書刊行会 二〇〇〇年六月二〇日初版

『妖怪事典』監修 岩井宏實(いわいひろみ)河出書房新社