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王子喬
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=総合= == 漢・劉向『列仙傳』 == 王子喬というのは、周の霊王の太子晋のことである。たくみに笙を吹いて鳳凰の鳴くような音をたてた。伊洛の地に遊歴の砌、道士浮丘公というもの、これを伴って嵩高山に登ってしまった。三十余年の後に、これを山上で捜すと、桓良というものの前にあらわれて、「七月七日に、予を緱氏山の頂上で待っているように、家人に伝えてほしい」といった。その日になると、果たして白い鶴に乗ってきて山頂にとまった。遠くからは見えても、そこまで行くことができない。手をあげて人々に別れを告げ、数日して飛び去った。後日、緱子氏の麓や嵩山の頂には、その祠が立てられた。(漢・劉向『列仙傳』巻上p51-52、平凡社1995年9月) == 『太平廣記』 == 王子喬者。周靈王太子也。好吹笙作鳳凰鳴。遊伊洛之間。道士浮丘公。接以上嵩山。三十餘年。後求之於山。見桓良曰。告我家。七月七日待我於緱(gōu)氏山頭。果乘白鶴。駐山嶺。望之不到。舉手謝時人。數日而去。後立祠於緱氏及嵩山。出列仙傳(《太平廣記》卷四p24) 【出典】 王世貞[[『有象列仙全傳』]] 林守篤[[『画筌』]] 鈴木春信[[「見立王子喬」]] 加納探幽[[「中王子喬左右花鳥」]] 久隅守景[[「列仙屏風」]]おうしきょう ---- =画題= ===画像(Open)=== *[http://www.dh-jac.net/db/nishikie/results.php?enter=portal&f85=王子喬&-format=resultsp.htm&-max=50&f9=*&f11=1 ARC浮世絵検索システム] *[http://ukiyo-e.org/search?q=王子喬 Ukiyo-e.org] *[http://www.britishmuseum.org/research/collection_online/search.aspx?searchText=王子喬 大英博物館Collection_Online] *[http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/search?q=王子喬 東京国立博物館] *[http://bunka.nii.ac.jp/heritages/search/freetext:王子喬 文化遺産オンラインDB] *[https://www.google.co.jp/search?q=王子喬 Google_Search] *[http://ci.nii.ac.jp/search?q=王子喬 CiNii論文検索] *[http://ci.nii.ac.jp/books/search?advanced=false&l=ja&q=王子喬 CiNii図書検索] ===解説=== (分類:中国) *⇒[[仙人]] ===画題辞典=== 周の霊王の太子晋之を王子喬といふ、好んで笙を吹きて鳳鳴をなし、伊洛の間に遊ぶ、時に道士浮丘公あり、晋之を伴ひて嵩高山に上り、三十餘年を此に過ごすといふ、晋之此間に道術を得たるなり、其後人あり、晋之に柏良會ふ、曰く七月七日緱山の邊に吾を待てと家人に告げよと、其時に至れば、果して自鶴に跨り笙を吹きて空中より來り、山頭に駐まるものあり、是れ晋之なり,数日にして去る、和漢画家の好んで図する所とす。 (『画題辞典』斎藤隆三) [[category:画題|わ]] ===東洋画題綜覧=== 支那の仙人、白鶴に乗り、[[笙]]を吹く、仙人中の好画題として図せらるゝもの多し、『列仙全伝』に曰く 王子喬、周霊王太子晋也、好吹笙作鳳鳴、遊伊洛之間、道人浮丘公接晋、上嵩高山、三十余年、後見栢良謂日、可告我家、七月七日待我於緱山頭、至期果乗白鶴、駐山頭、可望不可到、俯首謝時人、数日方去、後立祠緱氏山下。 これを描いたもの、狩野探幽に、『中王子喬左右花鳥』の三幅対あり、久隅守景『列仙屏風』の中に画く。 (『東洋画題綜覧』金井紫雲) [[category:画題|お]]
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