燕丹乗亀

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えんたんじょうき


画題

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解説

画題辞典

支那戦国の時、燕の太子丹故郷に帰らんと、道に橋を渡リしに、誤りて橋より落つ、其の際、何処よりともなく亀の来るあり、丹を乗せて川を渡すという。之を画けるものなり。(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

『史記』に出づ、燕の太子丹が秦始皇に捕へられた時、望郷の念禁ずる能はず始皇に請うて帰国せんとした時、始皇欺いて烏の頭の白く成る時帰さうといふ、燕丹の願天に通じてか、白頭の烏が飛んで来た、すると始皇は更に馬に角生ひなば帰国を許すといふ、すると今度は角馬庭上に現はれた、これに依り燕丹許されて帰国するその途上の出来事である。

燕の国へ帰道にせんか河に楚橋と云橋を渡せり、先に人を遣して彼橋板を亭に操て、燕丹を河中に落入んとぞ支度したりける、燕丹をば夜ぞ此橋を渡しける、兼ねて不知ける事なれば燕丹即ちふかき河に落ちにけり、既に沈むかと思ふほどに、亀多く集つて甲をならべて助け渡す、一説に二竜来り橋のすのこの如く載て渡すと云々、天道の御計と云ながら不思議なりける事なり、彼の亀と云ふは人の殺さんとしけるを丹が父買て放ちたりける水畜也、父が放生の恩を忘れず、子の燕丹に報けり。  (源平盛衰記)

この故事、狩野派の人々などによつてよく画かれてゐる。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)