左近桜

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さこんのさくら


画題

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解説

東洋画題綜覧

左近陣の前に接してあるので左近桜といふ、商殿即ち紫宸殿南面の御階の左、即ち東にある桜樹、白木の柵をめぐらす、恒武天皇御選都の時初めて栽ゑられたものだが、承和年中枯死したので仁明天皇の御宇改めて栽ゑ、後、清和天皇の貞観年中また枯れたが、其根から纔に萌出でた芽を、坂上滝守勅命によつて培養し枝葉再び盛になつた、村上天皇の天徳三年内裏炎上の際焼失し、再造営の砌、重明親王家の吉野の桜を移し植ゑ、其後幾変遷あり最後のものは堀河天皇の朝植ゑられたものと称せらる。

右近の橘と其に対幅として描かるゝ場合が多い。

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)