四条磧夕涼

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しじょうがはらゆうすゞみ


画題

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解説

画題辞典

しじょうがはらゆうすゞみ

江戸時代に於ける夏の京都は四条磧にあり、都人士の昼日の炎熱を洗ふ歓樂境、さしも廣き磧は所狭きまでに床几掛け渡され、軒燈の光皎として昼を欺き、物賣る者も曲芸雑伎に客呼ぶものも様々なり、翠袖紅裙往来するものゝ雑踏も亦甚だしく、夜の更くるも知られざるべし、されば名所画として此境を洩らすはなく、絵本版画にも図せるゝもの多し。

円山応挙筆(近江円満院所蔵)、山口素絢筆(某氏所蔵)、鳥文斎筆(キヨソネ氏旧蔵)

(『画題辞典』斎藤隆三)

東洋画題綜覧

四条河原は京名所の一であり、その夕涼は年中行事として、また名物の一である。

四条河原夕涼は六月七日より始り同十八日に終る、東西の青楼より川辺に床を設け灯は星の如く、河原には床几をつらねて流光に宴を催し濃紫の帽子は河風に翩翻として、色よき美少年の月の明きにおもはゆく、かざす扇になまめきて、みやびやかなれば、心もいとゞきそひてめかれせず、そゞろなるに、妓婦の今を盛といろはへて、芙蓉も及ばざる粧ひ、蘭麝のこまやかに薫り、南へ行き北へ行く、淹茶の店に休ふては山吹の花香に酔を醒し、香煎には鴨川の流れを汲んで京の水の軽を賞し、かる口咄は晋の郭象にも勝れて懸河の水を注ぐが如し、物真似は函谷関にもおとらぬかや、猿狂言、犬のすまひ、曲馬、曲枕、麒麟の縄渡は鞦韆の俤にして、ちやるめらの声かまびすく、心太の店には滝水滔々と流れて、暑を避け硝子の音は珊々と谺して涼風をまねく、和漢の名鳥深山の猛獣もここに集つて観とし、貴賎群をなして川辺に遊宴するも御祓川の例にして小蝿なす神を退散し、牛頭天王の蘇民将来に教給ふ夏はらへの遺風なるべし。  (都名所図会)

四条河原の夕涼は名高い行楽の一とて画になつた例も極めて多い。

無款     『四条磧之賑図』  清水洳平氏蔵

同      『同』       三浦直介氏蔵

菱川師宣筆  『四条河原画巻』  伊藤平蔵氏蔵

無款     『四条河原屏風』  岩崎小弥太氏蔵

同      『同』       堂本印象氏蔵

(『東洋画題綜覧』金井紫雲)