八百屋お七 恋桜操芝居

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総合

【書誌情報】

国書所在:慶応義塾図書館旧館

巻冊   :三巻

分類   :黄表紙

丁数   :十五丁

版元   :村田屋(題箋及び一丁表匡郭上、六丁表匡郭上、十一丁表匡郭上に商標あり)

画工   :鳥居清経

刊年   :安永六年


【あらすじ】

   奥川女之助と今川吉丸が皇居より預かった獅子王の御剣と浮牡丹の明鏡を、山名大膳と赤沼学了が盗んでしまう。山名と赤沼は、預かってきた女之助と吉丸に疑いをかける。女之助は山名の仕業だと知るも良い手掛かりがなく、父である今川と奥川からも責め立てられる。
 宝の在りかを探し出そうと、吉丸は父の家来である伝内とともに、伝吉の伯父藤馬のいる吉祥寺を目指す。その頃、今川は山名宛ての密書を手に入れ、さらに赤沼の懐から宝の箱の鍵を見つけた。宝を盗み、奥川今川の両家を滅ぼそうとしていることを知った今川は、赤沼を追放する。吉祥寺を訪れた吉丸は名を吉三と改め、疑いが晴れるまで小性分として匿ってもらう。一方追放され、その様子を見ていた赤沼は釜屋武兵衛を頼って、名をかく山と改める。
 武兵衛は久兵衛にお金を貸す代わりに、娘のお七をもらうことを約束する。また、武兵衛はかく山に会い、御剣と明鏡を三百両で買おうとするが断られる。吉祥寺の説法中に吉三に出会ったお七は、吉三を気に入る。それを見た伯父の藤馬は二人の関係に反対し、彼らを引き離そうとするが、お七は諦められない。これに腹を立てた武兵衛は、久兵衛に金を返せと言う。
 一方、伝内は吉三を吉祥寺へ預けた後、湯島で伝吉と改名し、八百屋の下女お杉と契りを結ぶ。伝吉は吉三をかばい、お七と密通したのは自分だと言い張る。かく山は、武兵衛を嫌うお七に焼鉄を当てようとするが、先代伝吉が止める。今川は武兵衛とかく山が二つの宝を盗んだことを確信し、女の助と吉三に伝える。女之助と吉丸は武兵衛を手にかけ、宝の手掛かりを知り喜ぶ。二つの宝は深田に埋めらていた。伝吉はかく山と争うと、鏡を井戸へ投げこみ、血潮でけがれた獅子王の御剣からは獅子が現れる。そしてかく山は敗れる。伝吉が刀の血潮を洗おうと井戸へ立ち寄ると、水がわいて明鏡が吹き上がる。こうして御剣と明鏡を取り戻し、めでたく本地へ還る。


【登場人物】

・お七
 八百屋の娘。寺で出会った吉三郎に恋心を抱く。やがて親しくなるも、二人の仲を引き離されてしまう。また、武兵衛を嫌うために命を奪われそうになる。ここでは、それまでの作品に比べてあまり登場しない。西鶴の『好色五人女』巻四に描かれ、以後に続く八百屋お七の主人公である。


 ※お七について
 寛文六年(一六六六)生まれ。本郷森川宿で手広く商売をしていた八百屋市左衛門の末娘で、処刑されたときは一七歳だったという。『天和笑委集』によると、お七が一六歳の年の一二月二八日に大火事があり、お七の家も類焼したので駒込正仙院という寺に間借りすることになった。この寺に生田庄之介という一七歳の美少年がおり、二人は恋仲となる。お七の家の新居が完成して寺を出た後も二人は手紙のやりとりを重ね、しのび逢うこともあった。お七は庄之介への想いをますます募らせ、もう一度火事が起きれば正仙院で生活でき、頻繁に逢えると思い込み、三月二日の夜に放火する。すぐに消し止められ、お七は捕らえられる。三月二九日、市中を引き廻しのうえ、火あぶりの刑に処された。(『浮世絵大事典』より)   


・吉丸=吉三
 今川の息子。宝を盗んだのではと疑われる。お七物では、ほとんどお七とセットで描かれる。


・女之助
 奥川監物の息子。吉丸同様、宝を盗んだと疑われ勘当を受ける。


・伝内=伝吉
 今川の家来。宝の真相を探るために吉丸を預かり、都を出て吉祥寺へと向かう。かく山(赤沼)を倒し、宝を取り戻すことに成功する。


・山名大膳
 赤沼学了とともに二つの宝を盗む。盗んだことを偽り、吉丸の刀を奪って縁の下へ落とす。


・赤沼学了=かく山
 山名大善とともに宝を盗む。山名宛の密書と懐に入れていた宝箱の鍵を今川に見つけられ、追放される。その後は武兵衛に頼り、かく山と改名する。また、武兵衛のことを嫌うお七に対して乱暴に振る舞う。宝を盗んだことに気づかれ、伝吉によって倒される。


・釜屋武兵衛
 お七に好意を寄せる。お七の父久兵衛にお金を貸す代わりに、お七をくれと申し出す。お七と吉三の仲に腹を立て、お七を奪おうとするが上手くいかない。赤沼に頼まれ、ともに宝を隠す。最後は女之助と吉三によって倒される。


【八百屋お七の展開】

(以下、横山正「浄瑠璃『八百屋お七』の展開と歌舞伎『江戸桜恋英』」と竹野静雄「西鶴――海音の遺産――八百屋お七物の展開(西鶴<特集>)」を参照し、まとめた。)


海音作『八百やお七』以後

海音以後のお七物の浄瑠璃作品は、大きく四つに分けられる。

・海音の作品の終わりにその後日を増補した江戸版
 『八百やお七恋ざくら』(享保三年正月)  『八百やお七恋桜』(享保三年三月)

 ⇒第一から第三まで海音とほぼ同じ内容である。異なる点は以下。
  ・第二(八百屋の場)で吉三郎が門付に扮装して訪れる、お七が放火後に細格子を蹴破って行方定めず出ていく
  ・第三(鈴の森刑場)で吉三が髻を切るいきさつ
  ・一家がお七の菩提めぐりをする第四「六地そうめぐり」の付加
  ・出家した吉三郎がお七の魂にまみえる「八百やお七うつゝのおほろかご」の付加


・海音原作の中途から一中の道中と命乞いを付け加えたもの
 『吾妻歌七枚起請』(正徳末以後)

 ⇒海音の上巻・中巻に「八百屋お七みちゆき」と命乞いをつけた。


・お七の登場がなく、吉三郎の父側の事件が中心でありため「前篇」と称されるもの
 『八百やお七江戸紫』(享保四年)

 ⇒吉三郎の寺住みに至る事件が描かれる。


・海音原作の前後に「前篇」と増補ほ後日をつけて簡略化したもの
 絵入六段本『八百やお七江戸紫』(享保五年)


 ◎いずれも多少の違いはあるものの、海音の原作を大きく改めたものはない。



『潤色江戸紫』以後

 延享元年四月豊竹座上演『潤色江戸紫』から、従来の「八百やお七」と著しく異なる。


・『潤色江戸紫』
 海音の原作と比べ、重宝紛失事件を明るみに描き、新吉原揚屋の廓場や木挽町の顔見世芝居の場などを取り入れる。こうした新しい趣向によってより複雑にさせた。吉三郎に主家の重宝松竹梅の一軸を探すために辛苦させ、お七は吉三郎を助けようとして武兵衛の悪だくみにかかり火刑に処せられるという話。

・『伊達娘恋緋鹿子』
 『潤色江戸紫』をさらに翻案した八百屋お七の浄瑠璃(安永二年四月)。遊女染之助になじみ、金がなくなったので盗んだ天国の剣を売って金を作ろうとする場面や、吉三郎が若殿に会い、その守護のために吉原の廓に来ている場面などが描かれる。また、お七が放火するのではなく、盗んだ天国の剣を吉三郎に届けるために、火の見櫓の半鐘を打つという新しい趣向が成功し、演目の目玉になった。


 ⇒廓場や顔見世芝居の場が登場し、これには歌舞伎的な趣向を取り入れたとされる。



【『八百屋お七 恋桜操芝居』との比較】

これまでと異なる点

 前記した『伊達娘恋緋鹿子』での「火の見櫓」の場面は演目の目玉であるが、描かれておらず、さらに元の「八百やお七」での、お七が放火する場面も描かれていない。一番の面白いところを削除してしまった。  また、お七の家が燃えてしまい、再建する間寺を訪れるといったお七の様子を表す場面がなく、お七と吉三が出会った経緯については触れられていない。お七が登場する場面が少なくなった。


⇒あらゆる場面が削除されたのは、お七物が時代を経るとともに簡略化してきたからである。また、お七が登場する場面が少なくなった背景には、作品の視点がお七から次第に吉三郎へと変化したからだといえる。


他作品からの影響

 ・海音『八百やお七』

 玉子酒を飲もうとする場面、普請金、縁の下への忍ぶ場面、松竹梅の掛額。


・『潤色江戸紫』

 吉丸の叔父が吉祥寺を経営していること。


・『伊達娘恋緋鹿子』

 女之助が奥川に勘当されて寺住みをする。


⇒海音の浄瑠璃の趣向を多く取り入れた。

【まとめ】

 操芝居では、それまでのお七物で見られたお七の放火や処刑の部分を削除して、以前の作品よりも簡略化した。そして、数々の作品から趣向を取り入れて作られたが、全体的にお七よりも吉三郎が登場するものが多いのは、物語の悲劇さを無くすためだといえる。これは、黄表紙というジャンルにまでお七物を発展させるための経緯の一つだと考えられ、黄表紙ならではの親しみやすさや面白さを人々に与えたといえる。

【参考文献】

横山正「浄瑠璃『八百屋お七』の展開と歌舞伎『江戸桜恋英』」(「語文」第26輯 大阪大学文学部国文学研究室)

竹野静雄「西鶴――海音の遺産――八百屋お七物の展開(西鶴<特集>)」(日本文学32巻7号10頁~20頁1983.7)

服部幸雄, 富田鉄之助, 廣末保編『歌舞伎事典』(平凡社 2011.3) 

藤田洋編『文楽ハンドブック』(三省堂 2003.3 )

横山正『近世演劇論叢』(清文堂 1976.7)

国際浮世絵学会編『浮世絵大事典』(東京堂 2008.6)