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=総合= =='''「江戸土産 浮名のたまづさ」「さつま源五兵衛 芝翫」「芸者小まん 家橘」 '''== 絵師:三代目豊国 [[画像:ArcUP0452.jpg|thumb|]] 落款印章:任にまかせ 七十九歳豊国筆(年玉印) 彫氏:彫工柳三 判型:大判/錦絵 版元名:近江屋 久次郎 改印:子二改 上演年月日:1864年2月 上演場所:江戸(見立) 配役:さつま源五兵衛…四代目中村芝翫、芸者小まん…四代目市村家橘 ==='''〈題材〉'''=== 『[[五大力恋緘]]』 '''概要''':初代[[並木五瓶]]作。1794年2月、大坂中山与三郎座初演。『島廻戯聞書』の後半を独立させた。そのほか異本を集成して、1795年1月、江戸都座で『江戸砂子慶曽我』二番目として上演している。大坂での成功作を江戸に移したものも書かれた。島の内、曽根崎新地の地名を深川に移し、芸子菊野を芸者小万にかえた。再演時より『五大力恋緘』の題名にかわる。すなわち、上方と江戸の二つの脚本を持つことになる。五瓶はさらに1806年正月にこれを改作した『略 三五大切』を書いている。鶴屋南北の『盟 三五大切』も含めて、五大力物という狂言系列が大きな位置を占めているが、その核に本作がある。 五大力とは、江戸時代に女性が恋文の封じ目に記した文字で、五大力菩薩の加護によって確かに相手に届くようにというまじないである。 ==='''〈あらすじ〉'''=== [[画像:ArcUP4007.jpg|thumb|]] 島の内の富田屋という色茶屋へ、笹野三五兵衛が若殿千島万太郎の供をして登楼する。芸子菊野は三五兵衛が執拗に口説くので、同じく万太郎の供である生真面目な薩摩源五兵衛に、形だけの恋人になってくれと頼みこむ。真剣な頼みゆえにこれを引き受け、源五兵衛は菊野と訳のある仲と打ち明けたので、三五兵衛は怒る。万太郎の酒席で、三五兵衛は「菊野があなた様に気があるようだ」とあおる。奸計にのせられた若殿はその気になったが、男嫌いの菊野が拒絶し、源五兵衛が菊野の相手と知れて勘気をこうむり追放される。菊野は浪人となった源五兵衛にすまないという心から抱かれ、三五兵衛に悔しい思いをさせる。 一か月後の貸座敷、源五兵衛は紛失の宝剣詮議に心をくだいている。好意をもつ宅右衛門の来訪から、許婚との縁談話を立ち聞きした菊野はやきもちを焼くが、そのあと菊野が世話をして酒宴となる。二人だけになると、源五兵衛が宝剣詮議のために三五兵衛を客にとってほしいと頼むので、菊野は三味線の胴に「五大力」と書いて誓いをたてるのだった。北の新地の茶屋出来島屋で、菊野は三五兵衛に源五兵衛とは縁を切るといい、その証拠に退き状を書く。菊野は、秘密をさぐろうと真剣だが、三五兵衛もさるもの、「五大力」の三字に加筆して「三五大切」と書き換え、強引に寝所へ連れていく。やがて源五兵衛がやってくるが、茶屋の待遇は冷たい。そこへ三五兵衛と菊野が寝所から出てくる。菊野は弁解するが、疑惑はつのっていく。さらに「三五大切」と書き換えた三味線の胴が突きつけられ、菊野はその皮を破ってしまう。ここにいたって源五兵衛の怒りは頂点に達する。[[画像:ArcUP2947.jpg|thumb|]] 雨が降りはじめ、戻ってきた源五兵衛は、裏切った菊野の首を切り懐中に入れて、貸座敷に帰る。その首をかたわらに平然としている源五兵衛、下郎与五平がかけつけての意見。と、だんだんに三五兵衛のたくらみが明らかになっていく。いったん破った菊野の手紙を継ぎあわせて読むと、菊野の誠実もわかる。おりから捕手が人殺し詮議で捕縛に来るのを与五平が身代わりに立つ。源五兵衛は松坂屋におもむき、復讐の殺しになり、三五兵衛から猛虎の刀を奪い返し、菊野の仇を討つ。[[画像:ArcUP2157.jpg|thumb|]] [[画像:ArcUP0047.jpg|thumb|]] 『歌舞伎ハンドブック』(三省堂 2006年) ==='''〈登場人物〉'''=== '''薩摩源五兵衛''':九州千島家の侍薩摩源五兵衛は、深川仲町の芸者小万にお家の秘密を打ち明け、笹野三五兵衛を色仕掛けで誑かし、紛失した竜虎の呼子の行方を聞き出してくれと頼む。秘密を打ち明けられた小万は、芸者の命である三味線に「五大力」を書いて誓う。「五大力」に入れ筆をして「三五大切(笹野三五兵衛大切)」とされたことを知った源五兵衛は、小万をはじめ五人を斬殺する。 '''芸者小万''':深川仲町の芸者桜屋の小万は、九州千島の家中薩摩源五兵衛に、芸者の命である三味線に「五大力」の封じ目を書いて誓う。源五兵衛のために笹野三五兵衛を色仕掛けで誑かし、「五大力」に入れ筆をして「三五大切」としたことから、源五兵衛に斬り殺される。 『歌舞伎登場人物事典』(白水社 2006年) ==='''〈配役〉'''=== '''薩摩源五兵衛→4代目中村芝翫''':1830~1899 2代目中村富十郎の門人中村富四郎(のち座の頭取)の次男として生まれる。初め中村玉太郎と名乗り師に付いて修業。のち中村駒三郎と改める。1838年、4代目中村歌右衛門の養子となって江戸に下り、翌1839年3月中村座「花翫暦色所八景」に中村福助と改める。1860年7月、4代目中村芝翫を襲名。時代物と世話物に適し、背は低かったが風姿・口跡がよく、立役・実悪・女方を兼ね、東西の舞台に勤めた。 '''芸者小万→4代目市村家橘''': 『新訂増補 歌舞伎人名事典』(日外アソシエーツ株式会社 2002年) ==='''〈出典・モデル〉'''=== '''薩摩源五兵衛''':1737年7月2日の夜、大阪北の曾根崎新地の呼屋大和屋十兵衛方で、薩摩藩士早田八右衛門が桜風呂の抱え菊野に通いつめ、公金を使い込んだうえ菊野に冷たくあしらわれ、菊野をはじめ5人を斬殺し、翌年捕えられ死罪獄門に処せられた「曽根崎五人斬り」の事件を題材にして、同じく大阪南の繁華街島之内で流行した「五大力」の風俗を取り込んで成立した作品。五大力とは「住吉奥の院の天部の神なり、遊女客の方へ送る文の封じ目にこれを書くなり」(並木五瓶『俳諧通言』)とある。五大力の護封は盗難除けのお守りとしても用いられるものである。薩摩源五兵衛という名前は、古くからの歌謡に「高い山から谷底見れば、薩摩源五兵衛は目に立つ男」(『松の落葉』「源五兵衛踊」)などと歌われた薩摩の国の有名な色男で、井原西鶴の浮世草子『好色五人女』巻五「恋の山源五兵衛物語」や近松門左衛門の人形浄瑠璃「薩摩歌」でも描かれたものであった。 '''芸者小万''':1737年7月、大阪北の曾根崎新地で薩摩藩士早田八右衛門に斬り殺された桜風呂の遊女菊野(二十二歳)がモデル。小万の名前は、「奴の小万」から取ったもの。三好正慶尼閨秀こと奴の小万は、喧嘩好きの男嫌いで名を馳せた大阪の有名な女伊達。深川の羽織芸者と呼ばれる女芸者の芸は売っても体は売らないという心意気に重ね合わせて造形された役。 '''五大力''':女の文の封じ目に書いて、他人に見せないように願う禁忌の文字である。 『歌舞伎登場人物事典』(白水社 2006年) 『歌舞伎名作辞典』(青蛙房 昭和34年) =='''小万の由来'''== 並木五瓶の「五大力恋緘」の主役。この狂言は、大阪の曽根崎で薩摩の武士が桜風呂の菊野と別の四人を殺傷した事件を「五人女」の西鶴以来のおまん・源五兵衛の名前にちなみ、おまんを小万にしたのである。 明治になって、五代目菊五郎が三世新七の「薩摩卸仕立上布」で実説を劇化し、女の名前は事件の時の菊野にした。 また、岡鬼太郎の「今様薩摩歌」では、おまん・源五兵衛と原典に戻っている。 近松門左衛門の「薩摩歌」以来、この鬼太郎まで、源五兵衛はいつも武張って、融通の利かない武士にしてある。薩摩のさむらいを大坂や江戸の作者は、こういうタイプと見ていたのだが、それだけに五瓶のはじめの「五大力」の主人公が、たのまれて小万の情人のふりをしているうちに、嘘から出た誠で、本当に女に惚れ、それを殺すという奇妙な屈折の心理が、狂言を名作にしたのである。 ついでにいうと、薩摩の男は美少年愛好の気質があったというふうにも思われていて、おまんが男装して源五兵衛に近づくというのが、「五人女」の珍しい設定である。 『歌舞伎役名由来』(駸々堂 1988年) =='''まとめ'''== この作品に描かれている芸者小万は手に筆を持ち、左下のほうに三味線らしきものが見える。題材となっている『五大力恋緘』の物語から推測すると、小万が源五兵衛のために三味線の胴に「五大力」と書いて誓った場面であると考えられる。またこの場面は「三幕目 仲町花屋の場」である。 もともと薩摩源五兵衛のイメージが融通の利かない武士であったのに対して、五瓶の描いた薩摩源五兵衛は小万の頼みを聞き入れている。さらにそこから小万に情を移し、殺人まで犯すというなんとも生々しい人間の心理を表している。誤解のため男が愛する女を殺す狂言の代表的なものであるといえるだろう。 私は、小万・源五兵衛、三五兵衛の三角関係について興味を持った。男女間の絶妙な心理を表現するうえで三角関係という図は、受け入れやすいのではないだろうか。揺れる女心、嫉妬心、誤解、裏切り、愛するということ。そして「五大力」の封じ目という、女性特有の習わしで愛を誓った小万。芸者の命である三味線に書き込み、源五兵衛のために一肌脱いだ女心がこの作品からは読み取れる。 一つの作品の研究をしていく中で、同じような背景を持つ作品、また真逆の背景を持つ作品など、様々な作品に触れたいと思うようになった。今後より多くの作品を研究し、知識を深めていきたいと思う。 =='''参考文献'''== 『五大力恋緘』(白水社 1987年) 『歌舞伎ハンドブック』(三省堂 2006年) 『歌舞伎役名由来』(駸々堂 1988年) 『新訂増補 歌舞伎人名事典』(日外アソシエーツ株式会社 2002年) 『歌舞伎登場人物事典』(白水社 2006年) 『歌舞伎名作辞典』(青蛙房 昭和34年)
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