立命館大学アート・リサーチセンター所蔵
浮世絵名品展 第二期 出品目録
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妹背山婦女庭訓 解説へ
歌川豊斎(大判錦絵3枚続)             UY0090,0091,0092
「歌舞伎座四月狂言」
「大判司清澄 市川団十郎」「久我之助 市村家橘」
「後室定香 尾上菊五郎」「雛島 中村福助」
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明治32年(1899)4月11日 歌舞伎座 
    いもせやまおんなていきん
一番目 妹背山婦女庭訓

大判司清澄<9>市川団十郎、久我之助<6>市村家橘
雛鳥<4>中村福助、後室定香<5>尾上菊五郎
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「妹背山婦女庭訓」の最も著名な場面で、和製ロミオとジュリエットとも称される妹山背山の場に取材。画面は三枚続を二分割して、背山の大判事、久我之助親子と、妹山の定高、雛鳥親子を描く。久我之助と雛鳥は相思相愛の仲であるにもかかわらず、その親達は領地争いから互いに反目しあう間柄。しかしお互いの息子、娘の命を救おうとして、我が子に手をかけるという二つの家の悲劇の物語。久我之助を演じるのは、大正・昭和で絶大なる人気を誇った後の<15>市村羽左衛門で、この時は、市村家橘の名で出演している。通常ならば、久我之助を演じていた役者が、年とともに親の大判事を演じるようになるのであるが、<15>羽左衛門のみは例外。晩年まで久我之助を当り役として勤めた。同年輩の役者の大判事と不釣り合いにならずに十分に親子に見えたという伝説の二枚目役者であった。

初代歌川豊国(大判錦絵3枚続)      UY0309,0310,0311
「中村松江」
「もとめ 坂東三津五郎」「妹背山道行之段」
「一世一代おみわ 中村歌右衛門相勤申候」
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文化12年(1815)9月9日 中村座
おりあわせつづれのにしき    いもせやまおんなていきん
織合襤褸錦 二番目 妹背山婦女庭訓 四の口
みちゆきこいのおだまき
道行恋のおだまき(富本)

橘姫<3>中村松江、もとめ<3>坂東三津五郎
おみわ<3>中村歌右衛門
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この年<3>中村歌右衛門は上坂の名残として、自身の当り役の数々を上演する。その内の一つとして歌右衛門は「妹背山婦女庭訓」のお三輪を勤めた。描かれている場面は、四段目の口にあたる「道行恋のおだまき」。烏帽子折の求女(実は藤原淡海)をめぐり、蘇我入鹿の妹橘姫と、杉酒屋の娘お三輪とが、はげしく恋の鞘当をする場面である。求女とお三輪が持つ糸の苧環は、三輪山の伝承に基づくもの。現行では常磐津や義太夫を地に用いる事が多いが、この時の上演の際には、富本を地に用いた。

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