石川五右衛門は安土桃山時代の盗賊で、豊臣秀吉所持の千鳥の香炉を盗もうとして捕らえられ、釜煎りの刑に処されたといわれている。文禄3年(1594)に処刑の記録があるため、実在の人物とされるが、その詳細は不明である。出生地も伊賀国(三重県)、河内国(大阪府)、浜松(静岡県)など様々な説があり、その内の一つに丹後地方がある。丹後に残る記録では、大名一色氏の家老石川秀門の次男で、後に盗賊になった五郎左衛門を石川五右衛門としている。 江戸時代に五右衛門を取り上げた作品は数多く存在し、大盗賊としての五右衛門像の他に、忍術使いとしての姿など様々な描かれ方がなされている。安永7年(1778)に上演された歌舞伎「金門五三桐」以降、京都南禅寺の山門から春の景色を眺める五右衛門の姿が定着し、錦絵でもこの場面の五右衛門を描いた作品が多く残されている。 |