読本は、寛延頃(1748〜1751)から幕末にかけて出版された小説で、当初上方を中心に出版されていたが、寛政の改革以後江戸で盛んに出版されるようになる。作者は知識人が主体で、読者も知識階級の人々が多かった。
 初期に出版された読本には、中国明代の小説である白話小説に取材し、その舞台を日本に移しかえたものが多い。江戸読本の流行を担ったのは、山東京伝と曲亭馬琴である。山東京伝は「水滸伝」を「忠臣蔵」の世界に移した『忠臣水滸伝』で人気を得て、以後歌舞伎や浄瑠璃などから取材した作品を多く著した。曲亭馬琴は勧善懲悪をモチーフにした作品で人気を得て、源為朝を主人公とした『椿説弓張月』などを著した。また、黄表紙などと同じ大きさの中本型読本も手懸けている。読本は半紙大の半紙本が主流で、中本型読本は読者により親しみ易い題材を扱うなどの実験的試みが成される場であった。馬琴の初期読本には中本型のものが少なくなく、『高尾船字文』『殺生石後日怪談』などの作品がある。

前期読本

043 嫐草紙             hay02-0067

@半紙本 5巻5冊 読本 A22.5×15.9 B淡海子作 橘岷江画 C未詳 D天明2年(1782) 
E明和8年刊「操草紙」の再摺再版本。明和6年5月に起った、髪油店五十嵐兵庫の妻が妾を妬んで殺害し、自らも自害した事件をもとに読本化したもの。

山東京伝の作品

044 桜姫全伝曙草紙       hay02-0065

@半紙本 5巻5冊 読本 A22.4×15.7 B山東京伝作 歌川豊国画 C鶴屋喜右衛門 D文化2年(1805) E明和2年(1765)刊『勧善桜姫伝』や古浄瑠璃『一心二河白道』を下敷きとした京伝読本の代表作。清玄桜姫説話を基とするが、様々な説話の融合もなされ、京伝の考証趣味の結実をみた作風となっている。

045 不破伴左衛門名護屋山三/昔語稲妻表紙      hay02-0004

@半紙本 5巻6冊 読本 A22.5×15.9 B山東京伝作 歌川豊国画 C伊賀屋勘右衛門(蔵板) 西村宗七 D文化3年(1806) 
E佐々木家のお家騒動と、「鞘当」で知られる不破名古屋の世界を中心に『傾城返魂香』などの浄瑠璃や歌舞伎の趣向を換骨奪胎して執筆された作品。今回展示した口絵箇所が参考となり、歌舞伎での名古屋山三の衣装が濡燕の模様に固定化された。

046 稲妻表紙後編/本朝酔菩提全伝   hay02-0005

@半紙本 5巻6冊 読本 A22.3×15.7 B山東京伝作 歌川豊国画 C伊賀屋勘右衛門(蔵板) 西村宗七 D文化6年(1809) E中国の小説『酔菩提伝』や一休禅師の俗伝等をもとにした作品で、「稲妻表紙後編」との角書を有するが、『昔語稲妻表紙』との関連性は希薄である。展示箇所は、享保年間刊行の鳥居清信の細判漆絵を写したもので、京伝の考証趣味がよく現われている箇所である。

曲亭馬琴 弓張月

047 椿説弓張月        hay02-0054

@半紙本 5編28巻29冊 読本 A22.9×15.5 B曲亭馬琴作 葛飾北斎画 C平林庄五郎(蔵板) 西村源六 D文化4年(1807)〜文化8年(1811) E馬琴の長編読本中、最初の作品。「保元物語」を基に、源為朝の事績を脚色。今回展示したものは薄墨や拭きぼかしなど、印刷技法に工夫を凝らした挿絵を持つ初版本で、その手間を省いた再版時のもの(参考図)とは異なり、彩り豊かな画面となっている。売行きよく再版が繰り返された一方、後の作品に与えた影響も大きく、次の『弓張月春廼宵栄』のように合巻化もなされた。

047(参考) 弓張月春廼宵栄    hay03-0635

@中本 24編96巻48冊 合巻 A17.6×11.6 B楽亭西馬作 仮名垣魯文校(21〜24編) 歌川国輝画(初〜17編上) 歌川国光画(17編下) 歌川芳虎画(18〜24編) C恵比須屋庄七 D嘉永4年(1851)〜慶応3年(1867) E『椿説弓張月』を合巻化したもので、おおむね原作の筋を踏襲した作。挿絵の構図・本文の字句ともに原作のものを借用した部分が多く見られる。

曲亭馬琴の中本型読本

048 高尾船字文         hay03-0653

@中本 5巻5冊 読本 A18.5×12.9 B曲亭馬琴作 栄松斎長喜画 C蔦屋重三郎 D寛政8年(1796) 
E馬琴の読本第一作。馬琴の初期読本には、世話的・大衆的性格を帯びた
中本という書型によって刊行されたものも多い。内容は『伽羅仙台萩』と『忠義水滸伝』をとりあわせたもので、江戸読本の濫觴とされる京伝の『忠臣水滸伝』以前に「水滸伝」を採り入れた実験的読本としても注目される作品である。

049 義経千本桜         hay03-0206

@中本 3巻3冊 読本 A17.7×12.3 B仙鶴堂主人[鶴屋喜右衛門]約述 曲亭馬琴序・閲 歌川豊国画 C鶴屋喜右衛門 D文政2年(1819) 
E『絵本義経千本桜』(文政元年刊、十返舎一九序)に、本文16丁を増補し合巻風の表紙を付して再版したもの。本文丁についても馬琴はほとんど名前貸しに終始し、「千本桜」の粗筋を加えたのみであるが、この増補再版本は売れたものらしく、『近世物之本江戸作者部類』には「板をはぎ合し書画具足の合巻冊子にして 戊寅の春再刷発行しけるに こたびは大く時好に称ひて 売れたること数千に及びし」とある。

050 殺生石後日怪談   hay03-0235,03-0236

@中本 5編36巻20冊ヵ 中本型読本/合巻 A17.9×12.0 B曲亭馬琴作 歌川豊国画 歌川国貞画 C山口屋藤兵衛 D文政7年(1824)〜天保4年(1833)
E本書の初編は5丁1巻の意識がなく挿絵丁と本文丁が完全に分けられた中本型読本として刊行された。二編以降は5丁1巻とし挿絵丁にも本文が入り込んだ合巻形態へと移行するが、本文丁が多いという特色は五編まで継続された。

その他の馬琴作品

 

051 括頭巾縮緬紙衣       hay02-0068

@半紙本 3巻3冊 読本 A22.5×15.6 B曲亭馬琴作 歌川豊広画 C住吉屋政五郎(蔵板) 鶴屋喜右衛門 D文化5年(1808) E馬琴の書簡によれば、本書の版木は焼失したとされ、初版である3巻3冊本は現存数が少ない。天保2年(1831)に大坂屋茂吉が五冊本『椀久松山/柳巷話説』として再版するが、作者の馬琴に無断で行なわれたため、馬琴の怒りをかった。

052 近世説美少年録       hay02-0011

@半紙本 3輯15巻15冊 読本 A22.5×15.5 B曲亭馬琴作 歌川国貞画 C大坂屋半蔵(2輯まで蔵板) 丁字屋平兵衛(3輯以降蔵板) 河内屋茂兵衛 D文政12年(1829)〜天保3年(1832) 
E善悪の美少年を対比させて描いた馬琴の異色作。林コレクションの2輯・3輯はともに各7冊に分冊された後刷本であるが、後刷としては比較的刷りの早いものである。

053 新局玉石童子訓       hay02-0012

@半紙本 6輯25巻30冊 読本 A22.9×15.8 B曲亭馬琴口授編 沢清右衛門作 <3>歌川豊国画 C丁字屋平兵衛(蔵板) 河内屋茂兵衛 秋田屋市兵衛 河内屋源七 D弘化2年(1845)〜弘化4年(1847) E3輯刊行後、一時出版が中断されていた『近世説美少年録』であるが、弘化2年より『新局玉石童子譚』として刊行が再開された。題名の変更は天保の改革の影響によるもので、絵題簽を付さない地味な装丁での刊行となった。馬琴失明後の作であり、馬琴の口述を婿滝沢清右衛門が稿本に成し、苦労を重ねた上での出版であったが、馬琴の死により未完のまま稿を閉じられることとなった。