『東海道中膝栗毛』は、享和2年(1802)から一九没年の天保2年(1831)まで、正8編・続12編・続々2編に渡り書き続けられた。『膝栗毛』や膝栗毛ものの合巻『金草鞋』は再刻や再編などを経て繰返し再版され、多くの読者に愛された大ベストセラーである。その結果として初版本の残存率は低く、『膝栗毛』初編をはじめとして初版未発見の部分もあり、一九がこれらの作品を生み出した当初の姿の全貌はいまだ明らかにされていない。
   『膝栗毛』出版以降には、その人気にあやかろうとした模倣作が多数世に送り出された。追補作刊行は本編の『東海道中膝栗毛』初編刊行の5年後、文化4年(1807)がそのはじめとされ、明治初期にまで及ぶ。一九自身の手によるもの・一九以外の作者の手によるものの双方ともに、『東海道中膝栗毛』を模倣し、パロディ化している。弥次さん喜多さんで知られる登場人物名や、表紙などに記される熊手をかたどった一九の印、口絵や挿絵・本文の形式、果ては作者名に至るまで、その書替のバリエーションはさまざまである。

一九作の膝栗毛もの

104 東海道中膝栗毛       hay03-0660

@中本 8編18冊 滑稽本 A18.4×13.1 B十返舎一九作画 C村田屋治郎兵衛(蔵板) 河内屋太助 西村屋源六 鶴屋喜右衛門(発端は西村屋与八(蔵板)河内屋太助 森屋治兵衛) D享和2年(1802)〜文化6年(1809) 発端は文化11年(1814) 
E「東海道中膝栗毛」はベストセラー故に繰返し再版がなされ、後には版木を改めやや小型の中本の形でも刊行された。林コレクションにある刷りの比較的早いものは、初版版木が版元紙屋利助に渡った時の再摺再版本であるものの、袋(初版本の版木を用い版元名を改刻したもの)を伴うものも多く、初版のおもかげを伺うことのできる本として貴重である。

105 続膝栗毛          hay03-0665

@中本 12編25冊 滑稽本 A18.5×12.6 B十返舎一九作画 C村田屋治郎兵衛 (3〜5編は西村屋与八 6〜8編は鶴屋金助 9〜12編は伊藤与兵衛)D文化7年(1810)〜文政5年(1822) 
E「膝栗毛」の続編。初編では金比羅参詣、2編では宮島参詣、3〜7編で木曽街道、8・9編で善光寺道、10編で草津温泉道中、11・12編で中山道中の諸国行脚を描く。今回展示した箇所は2編の北斎の手による口絵で、色刷りの美しいものである。

106 串戯教諭/六あみだ詣   hay03-0678

@中本 3編5巻5冊 滑稽本 A18.5×12.3 B十返舎一九作 喜多川月麿画 C鶴屋金助 D文化8年(1811)〜文化10年(1813) 
E一九自身の手による膝栗毛模倣作で、武州六阿弥陀詣を標榜するものの、道中ものとはやや遠い内容に終始する。今回展示する口絵部分は、膝栗毛の一九自画像を踏まえたものかとみられる。

107 金草鞋           hay03-0580

@中本 26編155巻46冊ヵ 合巻 A17.8×12.4 B十返舎一九作 喜多川月麿画(文化11改編以前の1〜5編、改編後5・12・14編) 4・6編は歌川美丸画 7・8・11・13編は歌川国丸画 9編は歌川国直画 10編は北川美丸画 15・16編は北尾美丸画 17編は歌川国兼画 18・20・(22)・23・24編は歌川国安画 19・25・26編は北尾重政画 21編は歌川国信画 C森屋治兵衛 D文化10年(1813)〜天保5年(1834) 
E膝栗毛ものの合巻で、本編の「膝栗毛」同様ベストセラーとなり、再編・再版・改刻などを重ねて読み継がれた。今回展示したものは平戸藩松浦家旧蔵の初版本で、保存状態も良好。摺付表紙には<7>市川団十郎など当時の人気役者の似顔が描かれている。

108 絵本膝栗毛         hay03-0668

@中本 10編10巻10冊ヵ 合巻 A17.8×12.0 B十返舎一九原稿 渓斎栄泉画(8編は画工未詳、9編は歌川広重画) C紙屋利助 D刊年未詳(弘化〜嘉永頃ヵ) 
E一九没後に、「東海道中膝栗毛」の本文をほとんどそのままに、合巻に焼き直した作品。現在のところ、4・5・7・8・9編の存在が確認されているのみで、林コレクションにはそのうちの4・8・9編が所蔵される。9編巻末の「絵本膝栗毛」10編予告には「東海道の滑稽全十冊で畢り」とあり、全10編にて完結したものかとみられる。本文は全丁挿絵入りで、合巻形式と見なせるが、4編巻末の5編予告に「中本仕立 合巻仕立 両様出来」とあることから、中本体裁・合巻体裁の2種類の表紙を付して刊行されたものらしい。林コレクション本は中本仕立である。

一九以外の膝栗毛もの

109 大山道中/栗毛後駿足    hay03-0659

@中本 3編6巻6冊 滑稽本 A18.5×12.7 B滝亭鯉丈作 歌川国直画 C連玉堂 鶴屋金助 D文化14年(1817)〜文政5年(1822)
E「栗毛後駿足」の音に示された通りの「膝栗毛」模倣作である。「大山道中」とはあるものの、大山まで到着することなく、3編で出版中止となったようである。

110 滑稽/三升栗毛       hay03-0658

@中本 2巻2冊 滑稽本 A18.1×12.0 B浜村輔作 柳斉重春画 C鶴屋喜右衛門 鉛屋安兵衛 河内屋直助 河内屋太助 D文政12年(1829) E<7>市川団十郎の江戸から大坂道頓堀までの旅のありさまを、膝栗毛ものに仕立た作。序文や画中の発句などは、三升の筆跡をそのまま版下に写し取った字体となっている。今回展示した挿絵は、一九の画風を模した鳥羽絵風の挿絵の中に、<7>団十郎のみが役者似顔で描かれている。

111 道中女膝栗毛        hayE3-0076

@中本 3巻3冊 艶本 A17.9×12.0 B紀永人作淫斎画 C佐脇銀次郎 D弘化5年(1848) E弥次喜多をお家知とお喜多に置き換えた、女膝栗毛もの。

112 浮世閨中膝磨毛       hayE3-0077

@中本 7編16巻16冊 艶本 A18.1×12.0 B吾妻男一丁[磯部源兵衛]作(3編・4編は<2>吾妻男一丁[糸井鳳助]作 5編以降は<3>吾妻男一丁[梅亭金鵞]作) C初編・2編版元未詳(3編・4編は女好堂 5編以降は喜楽堂) D文化9年(1812)〜嘉永4年(1851)E膝栗毛ものの艶本の中で、今日確認できる最初の作。登場人物名の九次郎兵衛・舌八の名前をはじめ、表紙・見返し・目次・口絵・本文冒頭の形式など、本編「膝栗毛」のパロディ本としての面白みが豊富な作風となっている。

113 滑稽道中/宮島土産     hay03-0667

@中本 6巻6冊 滑稽本 A17.8×12.4 B十方舎一丸作画 C井筒屋忠八郎(蔵板) 世並屋伊兵衛(蔵板) 須原屋茂兵衛 岡田屋嘉七 秋田屋太右衛門 河内屋茂兵衛 D嘉永4年(1851)〜嘉永5年(1852) E広島の版元から刊行された膝栗毛もの。作者名「十方舎一丸」や表紙の意匠も「膝栗毛」に似せたものとなっている。2編題簽では「続膝栗毛」2編の口絵よろしく、宮島名物の猿と鹿を採りあげている。


114 西洋道中膝栗毛       hay03-0669

@中本 15編30冊 滑稽本 A18.6×12.8 B仮名垣魯文作 落合芳幾画 C江島万笈閣 D明治3年(1870)〜明治9年(1876) E開化を題材とした膝栗毛もので、本編「膝栗毛」の弥次喜多の孫である弥次さん北さんが、横浜の豪商大腹屋広蔵に連れられ、アジアからアフリカを経てヨーロッパへ渡り、最後にはイギリス万国博覧会を見物する、という筋立。外来語を主とした開化期の流行語を採り入れた洒落が多いのもこの作品の特徴である。